皆さん、こんにちは。
これまでテノールの声種の違いについて、それからバリトンの声種の違いについての解説をしてきましたが、今回はそれに続いてバスの声種を紹介しようと思います!
もくじ
バスの声種の違い!
私たちの声は、その声の高さに応じてだいたいソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスと6種類に分類する事が出来ます。
バスはその中でも最も低い音域を担当するパートになりますが、オペラではその低音のイメージからお爺さん役、王様役、召使い役など、年配の役をやる事が圧倒的に多いです。実際の世の中には80歳でも声が高い人はいますし、20歳でも声が低い人がいるわけなのですが、オペラの世界では声が高いと若い役、声が低いと年配の役となる事が多いです。
そうして見るとオペラの世界は割と単純、というか結構偏見が多いですね・・・・。
さて、これまでテノールやバリトンの声種についての記事をご覧になった方はもうお分かりだと思いますが(まだの方はそちらもご覧くださいね。)、実はバスも声質によってさらに細かくいくつかのカテゴリーに分けることが出来ます。
ただバスの分類はテノールやバリトンと比べると国によって分類の仕方が微妙に違うのでちょっとややこしいです。
例えばドイツだと主にキャラクターに応じて、バス・ブッフォ、シリアス・バス、キャラクター・バスという分け方をしています。シリアスな役柄のバスに対してキャラクター的な役柄のバス、そして喜劇的なブッフォというわけです。
一方イタリアだと主に声域に応じてバッソ・カンタンテ、バッソ・プロフォンドという分け方をし、さらにキャラクターに応じてバッソ・ブッフォといた分け方をします。バッソ・カンタンテは高めのバスであるのに対して、バッソ・プロフォンド(プロフォンドは低いという意味)はより低め声質といった分け方をしています。
例えば、ヴェルディの「ドン・カルロ」に出てくるフィリップはイタリアではバッソ・カンタンテに分類されますが、ドイツではシリアス・バスに分類されています。
ではバッソ・カンタンテ=シリアス・バスかというとそうではありません。
同じくイタリアではバッソ・カンタンテに分類されているモーツァルト「フィガロの結婚」のフィガロ役はドイツではキャラクター・バスに分類されています。
Youtubeに上げられた歌手の動画のコメント欄ではファン達があの人はリリックだとか、違うとか議論していることがしばしば見られますが、そうした意見のくい違いは国によって分類の仕方に多少差がある事が一つの原因として挙げられます。
でも人の声というのは、一人一人違うものですし、完全にカテゴリーに分けられるほど単純なものではありません。声種というのは、キャスティングにおいては重要ではありますが、決して白黒つけられる類のものではない事は頭に入れておいてもらいたいところです。
では、それを踏まえて早速その違いを見ていきたいところですが、どう分けましょうかね・・。
私は長年ドイツで歌っており、ドイツの分け方になじんでいますので、キャラクターに応じたドイツ式を採用しましょう。
バッソ・ブッフォ
イタリアではバッソ・ブッフォと分類されるこのカテゴリーですが、ドイツではシュピールバスと呼ばれる事もあります。ブッフォというのおかしなという意味のイタリア語ですが、いわゆるコメディー役を歌うのに適した声質をもったバスという事になります。
キャラクターとしては、お金持ちの家の主だったり、逆にお金持ちの召使や従者である事も多いです。音楽的な特徴としては、なめらかなメロディーを歌う事はあまり要求されず、逆に結構な早口で歌う事が要求されます。
代表的な役柄ではロッシーニの「セビリアの理髪師」のバルトロ役やモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のレポレッロ役などがありますね。
では「セビリアの理髪師」よりバルトロが歌うアリア“A un dottor della mia sorte ”を聴いてみてください。歌っているのはバッソ・ブッフォとして大活躍したエンツォ・ダーラです。この曲はとにかく早口な上に音域も結構高いため、息継ぎをするのが大変です!
同じ音で早口言葉を繰り返す歌い方を私は勝手にマシンガン唱法と呼んでいますが、このアリアでも後半にマシンガン唱法が出てきますので、ぜひお聞きください。
早口すぎて何を言っているのかわかりませんが、聴いているだけでも楽しいですね。
- モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」:ドン・アルフォンソ
- モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」:レポレッロ
- ドニゼッティ「愛の妙薬」:ドゥルカマーラ
- ドニゼッティ「ドン・パルクワーレ」:ドン・パスクワーレ
- ロッシーニ「セビリアの理髪師」:バルトロ
- ロッシーニ「チェネレントラ」:ドン・マニフィコ
- ロッシーニ「アルジェのイタリア人」:ムスタファ
ドラマチック・バッソ・ブッフォ
ドイツではシュヴェーラー・バスブッフォ、イタリアではバッソ・ブッフォ・ドラマティコとも言いますが、私のブログではこれまで英語の形容詞を使う事が多かったので、ドラマチック・バッソ・ブッフォと表記しました。
バッソ・ブッフォと同様に喜劇で大活躍する声種になりますが、バッソ・ブッフォと比べると少し音域も低く、ドラマチックな役柄が多くなります。
代表的な役柄としてはロッシーニ「セビリアの理髪師」のバジリオやモーツァルト「後宮からの誘拐」オスミンなどが挙げられます。バッソ・ブッフォと比べると早口言葉の割合は多少減っていますが、その分低い音を存分に使う事でその喜劇的なキャラクターを発揮しています。
オスミンの代表的なアリア“O wie ich triumphieren”を歌っているのはドイツを代表するバス歌手、クルト・モルです。この曲では早口やコロラトゥーラもでてきますが、何と言ってもその一番の聞かせどころはその低音でしょう。
バッソ・ブッフォと比べて本当に低いですね。この低音の魅力はバスならでは!
コロラトゥーラ(素早いパッセージ)の後で、Dの音まで下がって来て、その音を伸ばさなければなりません。この音より低い音はオペラでもなかなか出てきませんね。
- モーツァルト「後宮からの誘拐」:オスミン
- ニコライ「ウィンザーの陽気な女房達」:ファルスタッフ
- プッチーニ「ジャンニ・スキッキ」:スキッキ
- ロッシーニ「セビリアの理髪師」:バジリオ
- R.シュトラウス「ばらの騎士」:オックス
- ヴァーグナー「さまよえるオランダ人」:ダーラント
キャラクター・バス
キャラクター・バスを適宜するのはちょっと難しいです。キャラクター・バスの役柄にはこれといって共通した特徴があるわけではないからです。どちらかと言えばシリアスとかブッフォとかに分類できない役柄と言う事ができるでしょう。
主な役柄としては、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のマゼットや「フィガロの結婚」のフィガロ役が挙げられますね。どちらの役も超真面目なキャラクターでもないですし、お笑い専門のキャラクターでもありません。
今例として挙げた役柄はどちらも大きな役ですが、どちらかと言えば、それほど大きくない役柄がこのキャラクター・バスに分類される事が多いですね。
このキャラクターバスというのは、あくまで役柄上の分類であって、キャラクター・バスに適した声を持った歌手というは実際の所そう多くはありません。たいていはバスバリトンや、シリアス・バス、時にはバリトンなどの声質を持った歌手によって歌われます。
モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」よりマゼットのアリア“Ho capito, signor si”です。イタリア人のバス、フェルッチョ・フルラネットの歌唱でお聞きください。
- ワーグナー「神々の黄昏」:アルベリヒ
- ワーグナー「マイスタージンガー」:コートナー
- ワーグナー「ラインの黄金」:ドンナー
- モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」:マゼット
- モーツァルト「フィガロの結婚」:フィガロ
- ロッシーニ「チェネレントラ」:アリドーロ
- ヴェルディ「リゴレット」:モンテローネ
- ヴェルディ「シモン・ボッカネグラ」:ピエトロ
シリアス・バス
バスの中でも最も多くの役があるのがこのシリアス・バスです。シリアスという言葉通り、たいてい真面目で厳格なキャラクターを演じる事になります。
中でも王様や教会の僧侶など権威のある人物や年配の人物を演じる事が多いです。
一言でシリアス・バスと言っても、イタリアオペラにおけるシリアス・バスは比較的音色が明るくて音域も高めなのに対して、ドイツ・オペラやロシアオペラではもっと暗くて低めの声になります。
代表的な役柄はヴェルディ「ドン・カルロ」に登場するフィリッポや大審問官、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」のグレーミン、ワーグナーの「タンホイザー」の領主などがあります。
それではブルガリアのバス歌手ボリス・クリストフの歌唱でヴェルディの「ドン・カルロ」よりフィリッポのアリア“Ella giammai m’amò”を聴いてみましょう。
シリアス・バスの音楽的特徴はバッソ・ブッフォとは対照的です。バッソ・ブッフォでは早口を聞きましたが、シリアス・バスではゆっくりとした旋律が使われる事が多いです。王様など権威のある人物を音楽的に表現するわけですから、音楽も雄大で厳かな感じがするものが多いですね。
今度はモーツァルトの「魔的」よりザラストロが歌う“O Isis und Osiris ”をゴットロープ・フリックの歌唱で聴いてみましょう。
二人とも、まさにこれぞバスというような朗々とした歌いっぷりですね。
- モーツァルト「魔的」:ザラストロ
- モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」:騎士長
- モーツァルト「フィガロの結婚」:バルトロ
- ビゼー「カルメン」:スニガ
- チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」:グレーミン
- プッチーニ「ボエーム」:コッリーネ
- ヴェルディ「アッティラ」:アッティラ
- ヴェルディ「ドン・カルロ」:フィリッポ、大審問官
- ヴェルディ「リゴレット」:スパラフチーレ
- ワーグナー「マイスタージンガー」:ポーグナー
- ワーグナー「ローエングリン」:ハインリヒ王
おわりに
今回はバスの声種による違いを紹介しました。バスは声が成長するために最も長い時間を必要とするパートでもありますから、バス歌手は結構少ないです。
声というのは低くなればなるほど、オーケストラを突き抜けるのが難しくなります。なので単純に低い声が出るからバス歌手になれるというものでもありません。低くてもオーケストラを楽々突き抜けるように声を育てるには結構な時間がかかるというわけなのです。
特に日本ではバス歌手が非常に少ないですから、現実的にこうした声種に応じたキャスティングができるプロダクションは少ないですね。なのでバスの声種というのは特に馴染みが薄いかもしれないです。
バスもフョードル・シャリアピンを始め、ボリス・クリストフやチェーザレ・シエピなどの大歌手が沢山いますし、今回紹介したようにオペラにおいても素晴らしい役が沢山ありますから、機会があればバスに注目してオペラを鑑賞してみてください!
なるほど、国によっても分類の仕方が変わるんですね。了解しました!