みなさん、こんにちは!
今回はモーツァルトの最高傑作のひとつである「ドン・ジョヴァンニ」の魅力について紹介します!
もくじ
ドン・ジョヴァンニ K.521
「ドン・ジョヴァンニ」はモーツァルトが作曲したオペラになります。初演は1787年にプラハで行われました。正式なタイトルは「罰せられた放蕩者またはドン・ジョヴァンニ」となっています。
このオペラは、すでにプラハで大成功となっていたオペラ「フィガロの結婚」と同様にロレンツォ・ダ・ポンテの台本によって書かれましたが、スペインの伝説の放蕩物であるドン・ファンの物語がベースとなっています。中でもモリエールが1665年に発表した戯曲「ドン・ジュアン、またの名を石像の宴」の影響が大きいとされています。
ちなみに、ドン・ジョヴァンニはイタリア語、ドン・ファンはスペイン語、ドン・ジュアンはフランス語での呼び名となっていますが、本来はどれも同じ人物を指しています。ただ実際にはドン・ジョヴァンニというとモーツァルトのオペラの主人公を指し、ドン・ファンというとスペインの伝説上の人物を指す事が多いです。
ダ・ポンテはこうしたストーリーをもとにドン・ジョヴァンニの台本を描き上げましたが、モーツァルトはこのオペラを喜劇にあたる「オペラ・ブッファ」とは呼ばずに「ドラマ・ジョコーゾ」と呼びました。イタリア語のジョコーゾには滑稽なという喜劇的な意味合いも含まれますが、ドラマには悲劇的な意味合いが含まれます。まさにモーツァルトがこのオペラでその両方を表現しようとした部分は注目に値するでしょう。
というのもこのオペラの音楽は時には喜劇的でありますが、本当にシリアスでもあるからです。ドン・ジョヴァンニはオペラの最後で死んでしまいますが、その終わり方には決して喜劇的な要素はありません。そこでは人生でおそらく初めて目の当たりにした恐怖と戦う姿が描かれているのです。まさにそうした音楽的な部分がこのオペラの素晴らしさとなっています。
まあそのような音楽的な魅力は後にするとして、まずは簡単にあらすじから見ていきましょう!
このオペラの終わりはジョヴァンニが死んでみんなが喜ぶ喜劇的な終わり方となっていますが、ウィーン第2版においては、ジョヴァンニが死ぬ場面でオペラが幕切れとなっており、悲劇的な終わり方となっています。
ドン・ジョヴァンニの登場人物とあらすじ
ドン・ジョヴァンニの登場人物
- ドン・ジョヴァンニ:カヴァリエ・バリトン/大役
- レポレッロ(ジョヴァンニの従者):バッソ・ブッフォ/大役
- ドンナ・アンナ:リリック・ソプラノ/大役
- ドン・オッターヴィオ(アンナの婚約者):リリックテノール/大役
- 騎士長(アンナの父):シリアス・バス/中役
- ドンナ・エルヴィーラ(ジョヴァンニに捨てられた女):スピントソプラノまたはリリック・メゾソプラノ/大役
- ヅェルリーナ(村の娘):リリックソプラノまたはスブレット/大役
- マゼット(ヅェルリーナの婚約者):バス/中役
物語の簡単なあらすじ(10行あらすじ)
- ドンナ・アンナの寝込みを襲おうとして失敗したドン・ジョヴァンニは、助けにやって来たドンナ・アンナの父である騎士長との決闘の末、彼を殺害してしまう。
- うまく逃げる事に成功したドン・ジョヴァンニは偶然美しい女性と出会い口説こうとするが、その女性は、かつてドン・ジョヴァンニに捨てられ、彼を探していたドンナ・エルヴィーラであった。
- さらにその場からもうまく逃げる事に成功したドン・ジョヴァンニは村の結婚式に出くわし、その花嫁のヅェルリーナを甘い言葉で誘い自分のお城に連れ込もうとするも、ドンナ・エルヴィーラの邪魔が入り失敗する。
- ドンナ・アンナとその婚約者のドン・オッターヴィオはドン・ジョヴァンニを見つけ、父が殺害された事での助けを求めるが、ドン・ジョヴァンニの別れ際の言葉を聴いたドンナ・アンナはその犯人がジョヴァンニである事に気が付いてしまう。
- ドン・ジョヴァンニは自分が開催した舞踏会において、ヅェルリーナを再び犯そうとしたが、その場を花婿のマゼット、ドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィーラに取り押さえられるが、逃げ出す事に成功する。
- ドン・ジョヴァンニは次なるターゲットとしてドンナ・エルヴィーラの小間使いを選ぶが、ジョヴァンニに扮したレポレッロにエルヴィーラを誘い出させ、その隙に小間使いに近付こうとする。
- ジョヴァンニはそこで自分を追っているマゼットとその仲間に出くわしてしまうが、レポレッロと服を交換していた事を幸いに、従者のふりをして仲間にジョヴァンニを探しに行かせ、一人残ったマゼットを叩きのめす。
- レポレッロと再会したドン・ジョヴァンニは墓地で騎士長の石像をみつけ、食事に招待すると、石像が頷いてそれを承諾する。
- ドン・ジョヴァンニの食事に姿を現した騎士長はドン・ジョヴァンニに悔い改めを要求するも、それを拒んだジョヴァンニは地獄の炎に包まれる。
- 再びジョヴァンニを捉えるためにやってきた、他の登場人物達は、彼にすでに天罰が下された事を知り喜ぶ。
騎士長の邸宅の前で、ドン・ジョヴァンニの従者であるレポレッロがなにやらぼやいている所から物語が始まります。
ドン・ジョヴァンニが騎士長の娘であるドンナ・アンナを寝取るために部屋に忍び込んだいたのです。しかしそこでドンナ・アンナが抵抗したために騒ぎとなってしまいます。騒ぎを聞きつけたアンナの父である騎士長が剣を抜き、ジョヴァンニと決闘となりますが、そこでドン・ジョヴァンニに殺されてしまいます。
ジョヴァンニとレポレッロは姿をばらさずに逃げる事に成功します。そこに残されて悲嘆にくれるドンナ・アンナの下に婚約者のドン・オッターヴィオが現れ、騎士長を殺した男への復讐を誓います!(オッターヴィオとアンナの二重唱)
この騒動から逃げ出したドン・ジョヴァンニはその途中で美しい女性を見つけ、さっそく声を掛けます。しかしなんとその女性はかつてジョヴァンニが捨てたドンナ・エルヴィーラでした。エルヴィーラに姿がばれてしまったジョヴァンニは、その場をレポレッロに任せて一人に逃げ去ります。レポレッロはここでこのような目にあった女性は実はたくさんいるのだ、その女性目録を見せて慰めようとします(レポレッロ:カタログの歌)。
レポレッロと再会したジョヴァンニは、村の結婚式出くわします。そこで花嫁に目をつけたジョヴァンニは、花婿であるマゼット、それからゲストを自分のお城でのパーティーに招待する事で花嫁であるヅェルリーナと二人きりになる事に成功します。そこで“そこのお城で自分と結婚しよう”と甘い言葉で誘惑し、ついにはヅェルリーナもこのプロポーズを受け入れてしまいます。(二重唱La ci darem la mano)。
しかし二人でお城に向かおうとしたところに、再びドンナ・エルヴィーラが現れます。ヅェルリーナが新たな被害者である事を瞬時に悟った彼女は、ヅェルリーナを逃がしてその場を離れます。
一人になったジョヴァンニの下にドンナ・アンナとドン・オッターヴィオの二人が現れ、ドン・ジョヴァンニに助けを求めますが、そこに再び現れたエルヴィーラがジョヴァンニが信頼ならない人物である事を声高に訴えます。ドンナ・アンナは一人先に去って行ったエルヴィラを追うふりをしてこの場を去るジョヴァンニが残した言葉を聴いて、父を殺した犯人が実はジョヴァンニであった事に気が付きます(四重唱)。
ドン・オッターヴィオはここでジョヴァンニへの復讐を誓い、ドンナ・アンナ、ドンア・エルヴィーラと共に仮面をつけてジョヴァンニ城で行われる舞踏会へと向かいます。
ジョヴァンニはこの舞踏会にヅェルリーナとマゼットも招待していますが、ドン・ジョヴァンニはこの舞踏会の隙をみて再びヅェルリーナと二人きりになろうとします。
しかしヅェルリーナが叫び声をあげたために、皆の前でその場を取り繕うはめになったジョヴァンニは、ヅェルリーナを襲おうとしたのはレポレッロであるとして、従者を皆の前で罰しようと演じます。しかし舞踏会に現れたゲストたちにはジョヴァンニの策略はすでにお見通しです。そこでドン・オッターヴィオ、ドンナ・アンナ、ドンナ・エルヴィーラの3人は仮面を脱いで正体を表し、さらにヅェルリーナとマゼットがそれに加わって、“極悪人には天罰が下る!”と言って詰め寄ります。ドン・ジョヴァンニは“何事も自分を恐れさせることはない“とし、その場から逃げ去ります。
第2幕は路上でレポレッロとドン・ジョヴァンニが言い争いをする場面から始まります。“罪を犯した主人にはもう仕えることはできない”というのが従者レポレッロの主張ですが、ドン・ジョヴァンニは彼にお金を与える事で思いとどまらせます。
そして次のターゲットをドンナ・エルヴィーラの小間使いであると告げたジョヴァンニは、レポレッロと衣装を交換する事でジョヴァンニに扮したレポレッロにドンナ・エルヴィーラの相手をさせ、その隙に小間使いと楽しむという計画を立てます。
ドン・ジョヴァンニはドンナ・エルヴィーラに影から声をかけて、自分にはまだ彼女に対する気持ちがある事を告げます。それを信じたドンナ・エルヴィーラはドン・ジョヴァンニに扮したレポレッロと二人で出ていきます(三重唱)。ドンナ・エルヴィーラを追い出す事に成功したドン・ジョヴァンニは窓辺の下で小間使いにセレナーデを歌いますが、そこにジョヴァンニを探しているマゼットとその仲間が現れます(ジョヴァンニのセレナーデ)。
しかしドン・ジョヴァンニはレポレッロと衣装を交換していた事を幸いに、レポレッロのふりをして自分もジョヴァンニを捕まえるために加勢すると手を差し伸べ、仲間にジョヴァンニを追いにいかせ、一人になったマゼットに暴行を加えます(ジョヴァンニのアリア)。
一方、ドンナ・エルヴィーラと出かけたレポレッロは、ドンナ・アンナの邸宅に迷い込みますか、エルヴィーラからの激しい愛のアプローチを受けて困っています。その場をドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、そしてヅェルリーナ、マゼットが現れ、レポレッロをジョヴァンニだと勘違いした4人は彼を捕まえようとします。しかしジョヴァンニを愛するエルヴィーラがこの4人に慈悲を求めた所で、レポレッロは実は自分はジョヴァンニではなくて従者である事を明かし、その場から逃げ去ります(六重唱)。
逃げる事に成功したドン・ジョヴァンニとレポレッロの二人が騎士長の像が立つ墓地で再会します。騎士長の存在に気が付いたドン・ジョヴァンニは騎士長の像を食事に招待します。すると石像はうなずき、それを受けて二人は急いで屋敷へと向かいます。
場面はジョヴァンニ屋敷へと移ります。食事の準備を終えたドン・ジョヴァンニは上機嫌で食事を楽しんでいます。そこへドンナ・エルヴィーラが悔い改めるようにとドン・ジョヴァンニの下へとやって来ますが、ジョヴァンニに相手にされなかったために、帰ろうとしたところで大きな叫び声をあげます。
様子を確認に来たレポレッロも大きな叫び声をあげますが、招待していた騎士長の石像が本当に姿を現したのです。石像はここで今度は自分がドン・ジョヴァンニを食事に招待しようと言います。その招待の承諾の証としして差し出されたドン・ジョヴァンニの手を握った石像は、彼に悔い改めるようにと要求しますが、それを頑なに拒んだドン・ジョヴァンニは地獄の炎に包まれます。
(ウィーン2版はここで終了)
ここにドンナ・アンナ、ドン・オッターヴィオ、ドンナ・エルヴィーラ、ヅェルリーナ、マゼット達が姿を現しますが、すでにドン・ジョヴァンニに天罰が下った事を知り、復讐は成し遂げられたと喜び歌います。
ドン・ジョヴァンニの見どころ!
ドン・ジョヴァンニには見どころが沢山あります。どの登場人物も魅力に溢れています。しかしすべての見どころを紹介することはできませんから、今回はオペラの中で描かれているドン・ジョヴァンニのキャラクターが音楽でどのように表現されているのかを中心に見ていきましょう。
ドン・ジョヴァンニのキャラクター
モーツァルトはこのドン・ジョヴァンニをいったいどのような人物だと見ていたのでしょうか?それを知る手掛かりは音楽に隠されています。ちなみにこれは私が実際にドン・ジョヴァンニという役柄を勉強し、演じる中で発見した事ですので、どこの本を読んでもこれと似たようなことは書いてありません。今回初公開となる情報ばかりですのでお楽しみください!
特徴①狭い音域:決して本気を見せない余裕さ
まずは、ドン・ジョヴァンニの音域に注目してみましょう。彼の音域ですが、これは最低音がB♭,,(シ♭)、そして最高音がE(ミ)の音となっており、比較的狭い音域で書かれています。特に高音があまり出てこないというのが大きな特徴です。
これはドン・ジョヴァンニを歌うカヴァリエ・バリトンにとっては非常に楽な音域となっています。同じカヴァリエ・バリトンの役柄である「フィガロの結婚」のアルマヴィーヴァ伯爵は最高音はF♯まで歌わなければならないですから、それと比べると最高音がEまでとなっているのは本当に楽なものです。
つまり、カヴァリエ・バリトンにとっては、「ドン・ジョヴァンニ」には高い声を出すために必死で歌わなければならない箇所が全くないという事になります。
私はこの原因を随分考えましたが、その結果、ジョヴァンニは決して人前で必死さを表すキャラクターではないからだ、という結論に至りました。彼は人前では常にクールで余裕たっぷりでなければならないというわけです。
これはドン・ジョヴァンニがプレーボーイとしての女性の前での振る舞いを想像してみれば、非常に納得がいきますよね。決して自分の弱みは見せません。
私はモーツァルトがジョヴァンニにあくまでクールで余裕たっぷりに振る舞ってほしかったのではないかと思っています。それなのに歌手が高音を必死になって歌わなければならなかったとしたら台無しですからね。だからカヴァリエ・バリトンが楽に歌える音域で書いたのです。
ただし、高い音が出てこないという理由から、ドン・ジョヴァンニはバス歌手によって歌われる事も多いです。実際に最高音がE(ミ)ですからたいていのバス歌手にも歌う事が可能です。
しかし私は個人的にはバスがジョヴァンニを歌う事にはあまり賛成しません。その一つの理由がバスが歌うと高音域がバリトンが歌う場合よりも苦しくなって、クールで余裕たっぷりな感じが出なくなってしまうからです。
もう一つの理由は、ドン・ジョヴァンニでは、ジョヴァンニの下のパートに、レポレッロ(バッソ・ブッフォ)、マゼット(バス)、騎士長(シリアスバス)と3人もバスがいます。アンサンブルでもジョヴァンニが一番上のパートを任されていますから、やはりバスではなくてバリトンが歌った方がキャラクター分けがしっくりきます。バス歌手がジョヴァンニを歌ってしまうと、バスばかりになって今いったい誰が歌っているのか分かりづらくなってしまいます。この点からもバリトンが歌った方が他の歌手との差別化が容易になります。
特徴②:豪華絢爛な存在感のある出だし!
さらにジョヴァンニ音楽的な特徴を見ていきましょう。ドン・ジョヴァンニの音楽は従者であるレポレッロとは正反対です。レポレッロの有名なアリア「カタログの歌」の中音域の出だしは、非常に歌うには楽な音域となっており、これはリラックスしてるともとれますが、一見だらしないと見ることも可能です。
これは従者としてのレポレッロのキャラクターを考えれば非常に理にかなった音楽ですよね。でもジョヴァンニの持つ音楽はこれとはまったく違います。ジョヴァンニの場合は「シャンパンのアリア」を始め、オーケストラが鳴り出した瞬間から存在感をたっぷり発揮します。これは文字通りビッグスターの登場です。ジョヴァンニの登場シーンはたいていこうした感じとなっています。この音楽が豪華絢爛で、非常にエレガントなジョヴァンニの雰囲気を一瞬にして作り上げるのです。
その例を2つ載せておきますからご覧ください!ジョヴァンニの音楽にはこのように一瞬で回りを自分の空気に変える、ビッグスターのオーラがありますね。
ドン・ジョヴァンニが一幕で歌う有名なシャンパンのアリアです。レポレッロのアリアと比べると非常に短くてあっという間に終わってしまいますが、最初から最後まで高いテンションを保って一気に歌い上げます。音楽には華やかさに加えて品格もあります。
ファンファーレで始まる2幕のフィナーレですが、そのオーケストラの出だしからシャンデリアが飾られた豪華な食卓の雰囲気が感じられます。このようにドン・ジョヴァンニの音楽には非常に大きな存在感があります。
それからもう一つ比較対象としてキャラクターの例としてマゼットのアリアを見てみましょう。モーツァルトはマゼットのアリアには単純な音しか与えず、メロディーらしいメロディーをつけませんでした。モーツァルトはこれによって単純な田舎の青年を表そうとしたわけですね。
特徴③甘い誘い文句
ジョヴァンニはこのようにクールで余裕たっぷりのキャラでありながら、人前に登場する時はまるでビッグスターのような豪華絢爛(私の感覚ではドイツ語のPrachtvollという言葉や英語のSplendidといった感じがより近い)なオーラを発揮します。では女性の前ではどうでしょうか?
ジョヴァンニは女性の前では、非常に甘い声色を使う事ができました。ドンナ・エルヴィーラと知らずに口説こうとした時のSignorinaの声、ヅェルリーナを誘惑する時の声(La ci darem la mano)などはどれも甘い声で歌われなければなりません。最もよく特徴がでているのが、2幕で歌われるセレナーデですね。マンドリンの伴奏で歌われるこの曲には、非常に甘く優雅な旋律がつけられています。
ジョヴァンニの本性が現れる箇所は?
このように人前では自分をしっかりと演出しているジョヴァンニですが、それまでとは違った面を見せる瞬間がいくつかあります。その一つは、レポレッロと二人だけの時です。
女性の前ではクールなジョヴァンニもレポレッロと二人の時は、傲慢さを見せたり、時に怒りを見せたりすることもあるのです。ただし、この部分がジョヴァンニの本性と言えるかどうかは分かりません。というのもレポレッロへの態度はあきらかにレポレッロをコントロールするためとも見れるからです。わざと怒って誰がボスであるかを示すというわけですね。ジョヴァンニはそういう点では非常にマニピュレイティブな性格であるとも言えますし、この性格は2幕にマゼットと出会った場面(ジョヴァンニのアリア、Meta di voi qua vadano)で存分に発揮されています。
結局の所ジョヴァンニはできるだけ心の中の部分を人に悟られまいとして生きている事が分かりますね。
そのジョヴァンニの心の中は聴衆には中々見えてきませんが、実は最後の瞬間でそれに近い姿が見えてきます。ジョヴァンニは食事に招待した騎士長の像の登場に対して、非常に勇敢で誇り高い態度をとり続けますが、その一方で亡霊である騎士長に対する恐怖とも戦っています。この場面ではジョヴァンニのプライドと恐怖との葛藤が見られますが、これまで誰にも見せることがなかった姿をついに聴衆の前でさらす事になるのです。だからこの場面は素晴らしいんです!
このドン・ジョヴァンニ、レポレッロ、騎士長で歌われる男声3人による三重唱は、オペラ全曲をとおして最も聴きごたえのある場面というだけでなく、オペラ史上最も優れた場面の一つでもありますからぜひとも押さえておきたいポイントです。
おすすめの演奏は?
最後に私がおすすすめする「ドン・ジョヴァンニ」の録音を紹介しましょう。一つはチェザーレ・シエピがドン・ジョヴァンニを歌ったスタジオ全曲録音になります。オーケストラはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、指揮はヨゼフ・クリプスです。
同じくシエピがジョヴァンニを務めた、ザルツブルク音楽祭でのライブ録音も素晴らしいですよ。こちらはフルトヴェングラーが指揮をしていますが、ビデオでも発売されています。
シエピはエレガントに歌う事ができた数少ないバス歌手でした。そのため彼は本来バリトンの役であるジョヴァンニの役を完全に自分のものにすることが出来ましたが、その代わり彼が歌うと他の3人のバス歌手の存在感が薄くなってしまった感は否めないです。
そういう意味で最もバランスの取れた録音が、カルロ・マリア・ジュリーニ指揮の全曲録音です。ドン・ジョヴァンニをエバーハルト・ヴェヒター、レポレッロをジュゼッペ・タッデイが歌っています。その他ドンナ・アンナにジョーン・サザーランド、ドンナ・エルヴィーラにエリザベート・シュヴァルツコプフととにかく配役がすばらしく、非常にバランスがとれています。
おわりに
今回は、「ドン・ジョヴァンニ」をドン・ジョヴァンニのキャラクターに注目しながら紹介しました。
オペラを観ようとすると、最初はストーリーをみようとして、あらすじばかりに目が行ってしまいがちです。確かにストーリーが分からないと楽しめない部分もありますが、オペラのストーリーは基本的には単純なものなので、途中でストーリーについていけなくなっても心配するほどの事ではありません。見終わった後でああ、そういう場面だったのか、確認する事も出来るからです。
オペラの魅力は沢山ありますが、なんといっても音楽です。なので、音楽がなっている間、特に実際に劇場で鑑賞する時は、ストーリーばかりでなく、私が今回説明したようにできるだけ音楽にも注目した楽しみ方をしてみてください!
きっと新しい発見があるはずです!
※参考文献:ニューグローブ世界音楽大辞典、オペラ対訳ライブラリー(音楽之友社)、Handbuch der Oper(Bärenreiter)
原作のドン・ファンという人物はとにかく女性が大好きな人物です。モリエールの戯曲では、ドン・ジュアン(モリエールの戯曲はフランス語で書かれているのでフランス風呼び方)が妻であるドンヌ・エルヴィールに飽きてしまったために浮気をするために旅にでている所から始まります。ドン・ジュアンはお連れのスガナレルと共に目を付けていた女性を追って旅を続けますが、妻のエルヴィールやその兄ドン・カルロスや弟のドン・アロンスに追われる事になります。そこから逃げる生活が始まりますが、そこでかつて決闘で殺した騎士の墓をみつけます。ふざけてその大理石の騎士長を食事に招待してしまいますが、本当に食事に現れた騎士像と握手をした瞬間に、ドン・ジュアンの上に雷が落ちて死んでしまいます。