みなさん、こんにちは。
以前、ヘルデンテノールやリリックテノールなどテノールの声種の違いについて話をしましたが、今回はバリトンの声種の紹介をします!
もくじ
バリトンの声種の違い!
私たちの声は高さにおいてソプラノ、メゾソプラノ、アルト、テノール、バリトン、バスとだいたい6種類ぐらいに分類することが出来ますが、それぞれのパートが声質においてさらに細かく分けられるという事にはすでにテノールの声質を紹介した時に触れましたね。
なので今回は前置きを省いて早速バリトンの声種の違いを見ていきましょう。
まずバリトンは大まかに言ってリリックバリトン、カヴァリエバリトン、ドラマチックバリトン、キャラクターバリトンの4つに分けられています。(この他にバスバリトンという言葉を聞いた人もいると思いますが、バスバリトンについてはバスを取り上げたときに話す予定ですのでそれまでお待ちください!)
では早速一つ一つその特徴を見ていきましょう。
リリックバリトン
リリックバリトンのリリックとは叙情的なという意味を持っていますが、リリックバリトンはバリトンの中では最も軽めの性質をもったバリトンに分類されます。時にはハイ・バリトンと言われる事もあります。
バリトンと言えばテノールよりも低い音域を担当しますが、声質で言えばヘルデンテノールよりも軽い歌手も多く、コロラトゥーラ(細かい音符のパッセージ)もたくさん出てきます。
このリリックバリトンに代表される役柄はロッシーニの「セビリアの理髪師」のフィガロ役や、ドニゼッティの「ドン・パスクワール」のマラテスタ役などが挙げられますが、バリトンの中では比較的若い役柄を演じる事が多いですし、軽さを活かしてコミカルな役を演じる事も多いですね。
正直な所王子役や好青年役を務めるリリックテノール程、キャラクター的な特徴ははっきりしていないのですが、リリックテノールが主役のオペラにおいてリリックテノールの相手役を務める事が多いです。
まず代表的なリリックバリトンと言えばドイツ人のヘルマン・プライですね。
この時のヘルマン・プライはまだ30歳という若さですが、本当にフィガロのキャラクターにぴったりですね。彼は後年クラウディオ・アバドの指揮でイタリア語でもフィガロ役を録音していますが、その録音よりもこのドイツ語のライブ録音の方が素晴らしいです。
実はリリックバリトンのために書かれたキャラクターというのは若いキャラクターの物が多く、大きな役もそれほど多くはありません。そのため40も過ぎてくると、歌える役が少なくなってきます(技術的ではなくてあくまで外見的な意味で)。
劇場側はリリックバリトンの役柄に適した年齢の若いバリトンをキャスティングしたがる傾向にあるためです。
なのでリリックバリトンの多くは年を重ねると共により重いカヴァリエ・バリトンへとレパートリーを広げていくか、オペラ以外のコンサートやドイツ歌曲の分野の比重を増やしていく必要があります。
まあ、ほとんどのリリックバリトンは40歳になる頃には主要な役柄はほとんど歌ってしまいますから、この頃から徐々に重い役へとレパートリーの比重を移していくことはある意味自然な流れではあります。
なるほど。なかなか現実的な話ですね・・。
- モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」グリエルモ
- モーツァルト「魔笛」:パパゲーノ
- ロッシーニ「セビリアの理髪師」:フィガロ
- ロッシーニ「テェネレントラ」:ダンディーニ
- ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」:マラテスタ
- ドニゼッティ「愛の妙薬」:ベルコーレ
- R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」:ハルレキン
カヴァリエバリトン
お次はカヴァリエバリトンです。
カヴァリエという言葉は現在では主にジェントルマンという意味で使われていますが、元々は馬に乗った騎士を意味します。オペラの中には騎士の役がしばしば登場しますが、そうした役を演じるのに最も適した声質を持ったバリトンという事になりますね。
リリックバリトンと比較すると音色に深みと男らしさがあり、ときには渋い感じもあります。リリックバリトンのような柔らかさを必要としながらも、場合によってはドラマチックな表現も要求されます。
その最も代表的なキャラクターがモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のジョヴァンニですね。
これ以外にもヴェルディの「ドン・カルロ」のロドリーゴやグノーの「ファウスト」に出てくるヴァランタンなどが挙げられます。
いずれも騎士に相応しく気品を備えたキャラクターです。
代表的なカヴァリエバリトンとしてオーストリア人のエーバーハルト・ヴェヒターを紹介しましょう。
この曲は一幕でドン・ジョヴァンニがツェルリーナと歌う2重唱になりますが、カヴァリエ・バリトンには騎士のように高貴でエレガントな声質と歌い方が要求されます。
この曲は有名ですね!良く音大のクラスの発表会でも演奏されてますね!
ちなみにこのジュリーニ指揮のドン・ジョヴァンニは私が最も気に入っている録音の一つです。レポレッロはジュゼッペ・タッデイ、マゼットがピエロ・カプチッリ、それからドンナ・アンナにジョン・サザーランド、ドンナ・エルヴィラにエリザベート・シュヴァルツコプフと素晴らしいキャストが揃っています。
さて、これだけだとカヴァリエ・バリトンの柔らかい面しかわからないので、別な曲も紹介しましょう。
こちらはイタリアを代表するバリトン、ジュゼッペ・デ・ルーカが演奏する、ヴェルディのオペラ「ドン・カルロ」よりロドリーゴのアリアになります。
「セビリアの理髪師」のフィガロと比べて、音域も少し下がり中間音の響きと音量がより重要となりますが、アリアの最後の方ではドラマチックな表現も必要とされます(残念ながらこの録音ではその部分はカットされていますが・・。)
- モーツァルト「フィガロの結婚」:伯爵
- モーツァルト「ドン・ジョヴァンニ」:ドン・ジョヴァンニ
- グノー「ファウスト」:ヴァランタン
- ヴェルディ「ドン・カルロ」:ロドリーゴ
- ヴェルディ「椿姫」:ジェルモン
- ヴェルディ「ファルスタッフ」:フォード
- ヴァーグナー「タンホイザー」:ヴォルフラム
- ビゼー「カルメン」:エスカミーリョ
- R.シュトラウス「アラベラ」:マンドリカ
- チャイコフスキー「エフゲニー・オネーギン」:オネーギン
- プッチーニ「ラ・ボエーム」:マルチェッロ
- プッチーニ「蝶々夫人」:シャープレス
ドラマチックバリトン
さて次に紹介するのはドラマチックバリトンになります。ドラマチックバリトンは、カヴァリエバリトンよりもよりドラマチックな表現に適した声質になります。
声はより深く力強く、それでいて高音もたくさん歌わなければなりません。
ヴェルディのオペラのほとんどのバリトンの役はドラマチックバリトンのために書かれています。
20世紀を代表するドラマチックバリトンの一人、アメリカ人のレナード・ウォーレンを聞いてみましょう。
ヴェルディの「仮面舞踏会」よりレナートのアリアになります。ウォーレンはしっかりとカバーされた丸みのある音色が特徴です。中間音をたわわに響かすことができる声量、そしてドラマチックな表現力、さらには安定した高音とドラマチックバリトンに必要な要素をすべて兼ね備えていますね。
- ロッシーニ「ウィリアム・テル」:テル
- ヴェルディ「仮面舞踏会」:レナート
- ヴェルディ「トロヴァトーレ」:ルーナ
- ヴェルディ「リゴレット」:リゴレット
- ヴェルディ「ファルスタッフ」:ファルスタッフ
- ヴェルディ「オテロ」:ヤーゴ
- ヴァーグナー「さまよえるオランダ人」:オランダ人
- ヴァーグナー「マイスタージンガー」:ハンス・ザックス
- ヴァーグナー「ヴァルキューレ」:ヴォータン
- R.シュトラウス「サロメ」:ヨハナーン
リリックバリトンと聴き比べてみよう
先ほどヘルマン・プライの歌った「セビリアの理髪師」のフィガロのアリアを紹介しましたが、イタリア人ドラマチック・バリトンであるアポロ・グランフォルテの歌唱で同じ曲を聴いてみましょう。
同じ曲でもリリックバリトンとドラマチックバリトンでは響きがまるで違いますね。フィガロ役は本来グランフォルテに最も適した役柄ではありませんが、たいていの大歌手は有名なアリアや役柄のほとんどをレパートリーに加えてしまいます。
同じバリトンでもプライとグランフォルテでは声質がまるで違いますね。これは面白いです!
キャラクターバリトン
最後に紹介するのはキャラクター・バリトンです。
キャラクターバリトンとはオペラに登場する特殊なキャラクターを演じるのに適した声質のバリトンになります。どちらかと言えば、声そのものの美しさよりもドラマチックな表現力、それから言葉捌きや演技力が重要となります。
代表的な役柄としてはベルクの「ヴォツェック」のヴォツェック、それからヴァーグナーの「マイスタージンガー」に登場するベックメッサ―、同じくヴァーグナーの「ニーベルングの指輪」シリーズに登場するアルベリヒなどがあげられます。これらはどれもみな大きな役ですね。
特殊な役柄ですから、キャラクターバリトンを専門としているバリトンはそんなに多くはありません。実際にはこれらのオペラが上演される時は、本来カヴァリエバリトンやドラマチックバリトンの歌手が歌う事の方が圧倒的に多いです。
ただキャラクターバリトンは声の美しさやレガートをそれほど必要としないため(あった方が良いにきまっていますが・・)、テクニックや声が衰えてきた年配(40代後半ぐらいから)のバリトンが言葉捌きや演技力を活かして挑戦する事が良くあります。これはドイツの歌劇場で良くみられます。
こちらはドイツ人のバリトン、フィッシャー・ディースカウが歌うヴォツェックになります。ディースカウは本来リリックバリトンですが、そのテクニックを活かして主要なバリトンの役柄はジャンルを問わずほとんど録音してしまいました。
- ベルク「ヴォツェック」:ヴォツェック
- フンパーディング「ヘンゼルとグレーテル」:ペーター
- プッチーニ「ボエーム」:ショナール
- ヴァーグナー「マイスタージンガー」:ベックメッサー
- ヴァーグナー「ラインゴールト」:アルベリヒ
- ヴァーグナー「ジークフリート」:アルベリヒ
おわりに
今回はバリトンの声種についての話でした。オペラにおいてはこうした声種をしっかり把握することが大事になります。
ドラマチックテノールやドラマチックバリトンというのは声が育つまでに時間がかかりますので、世界的に見ても減少傾向にあります。現在のオペラはビジネスが優先され、オペラ市場が若手の声が育つのを待ってくれないためです。
そのため30年ぐらい前と比べると、本来軽い声質の人がドラマチックな役柄に挑戦するなんていう事がずっと増えていますね。しかしこれは歌手にとってはかなり危険な状況です。
私たちは自分の声種に合った役柄を歌わなくてはなりませんが、そのためにはどのような声種と役柄があるのかを知るのがまずは第一歩です。
どうして声種に合った役柄を歌う事が大事なのかはまたの機会にしましょう。
それでは。
カヴァリエという言葉は初めて聞きましたが、後はテノールの声種の分類とだいたい似ていますね。