こんにちは。
人間の声は高さに応じてソプラノ、アルト、テノール、バスと別れている事は聞いた人も多いと思いますが、オペラを歌うと、リリックテノールとかヘルデンテノールとか言う言葉を耳にしますね。
ではいったいヘルデンテノールとはどんなテノールなんでしょうか?今回はそれについて話をしましょう。
もくじ
テノールと言っても声質と役柄に応じてさらに細かく分類される!
男声は主に声の高さに応じてテノール、バリトン、バスの3種類に分類されますが、オペラの世界ではさらに声質に応じてさらに細かく分類されています。
同じテノールと言っても人間の声は一人ひとり違います。中には軽い声を持ったテノールもいれば、その反対に重い声を持ったテノールもいます。
オペラの作曲家というのは、オペラの台本を読んでイメージを膨らませるのですが、そのオペラに出てくる役柄にもっともふさわしい声質を選んで作曲しているのです。
例えば若くてか弱い青年の役柄を歌うには、線の細くて柔らかい声質のテノールが必要になります。一方英雄のうな役柄では力強い声質のテノールが必要となります。
なのでオペラの世界では声質を見極めた配役というのが非常に重要になります。オペラの配役にかかわる指揮者や演出家は、テノールにはどのようなタイプの声質があるのか、そしてどの役がどのような声質のテノールを必要としているのかをきちんと理解していないといけません。
ではテノールを声質ごとに分けるとどうなるでしょうか?
テノールの声質の違い
テノールの声質の違いは、だいたい大まかに言ってリリックテノール、スピントテノール、ドラマチックテノール(ヘルデンテノール)、ブッフォテノール、キャラクターテノールの5種類ぐらいに分けることが出来ます。
そんなにあるんですか?それは知らなかったですよ。
なぜ厳格に分けないで大まかに分けるのか、疑問に持った人もいると思いますが、それは人間の声が一人一人り違うからです。実際にはリリックテノールでも限りなくスピントテノールに近い人もいますし、その境界線は非常に曖昧なのです。
その辺は具体的に一つ一つ大歌手の演奏を聴きながら見ていきましょう!!
リリックテノール
リリックテノールのリリックとは叙情的なという意味を持っていますが、リリックテノールはテノール中でも比較的軽めの声質をもったテノールになります。
さらに軽やかさに加えて、その声に気品や甘さ、優雅さがあるのがリリックテノールです。
なのでリリックテノールには青年や若い王子の役などが多いです。実際に大歌手の演奏で聞いてみましょう
イタリアの代表的なリリックテノールである、べニアミーノ・ジーリです。歌っているのはリリックテノールの代表的なレパートリーである、ドニゼッティ作曲のオペラ「愛の妙薬」よりネモリーノのアリア”Un furtiva lagrima”になります。
私もこの曲はレッスンで良く歌います!!
こちらはドイツを代表するリリックテノール、フリッツ・ヴンダーリヒになります。歌っているのはリリックテノールの代表的なレパートリーである、モーツァルト作曲のオペラ「魔的」よりタミーノのアリア“Dies Bildnis ist bezaubernd schön”になります。
ネモリーノは青年役、そしてタミーノは王子様役です。先にも書きましたが、リリックテノールにはそのような役が必要とする若さや、軽やかさ、明るさ、気品、優雅さ、憂いなんかが求められます。
- モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」:フェランド
- モーツァルト「魔的」:タミーノ
- モーツァルト「後宮からの誘拐」:ベルモンテ
- ロッシーニ「セビリアの理髪師より」:アルマヴィーヴァ伯爵
- ロッシーニ「チェネレントラ」:ラミーロ
- ドニゼッティ「ドン・パスクワーレ」:エルネスト
- ドニゼッティ「愛の妙薬」:ネモリーノ
- ヴェルディ「ファルスタッフ」:フェントン
- ヴェルディ「オテロ」:カッシオ
- ヴェルディ「リゴレット」:マントヴァ公
スピントテノール
次に分類されるのがスピントテノールです。スピント(Spinto)というのはイタリア語のSpingere(押す)という言葉の変化形ですが、実際にはリリックテノールと比べると少し声質が重くて太く、さらに力強い声質となっています。
ちなみにドイツではスピントテノールの事をユーゲントリヒェ・ヘルデンテノール(若いヘルデンテノール)と言いますが、まあ意味する声質はだいたい一緒です。
まずは実際に声を聴いてみましょう。
まさにスピントテノールの代表とされるのが、イタリアのフランコ・コレッリです。歌っているのはプッチ―の作曲のオペラ「トゥーランドッド」よりカラフのアリア“Non piangere liu “になります。リリックテノールと比べるとずいぶん暗く重い声になったと思いませんか?
本当に同じテノールでもさっきのジーリとはまったく違いますね。
こちらは伝説のテノール、カルーソーの演奏になります。歌っているのはヴェルディ作曲のオペラ「アイーダ」よりラダメスのアリア“Celeste Aida”です。カルーソーの魅力の一つは何と言っても中間音の豊かな響きですね。
スピントテノールはリリックテノールと比べるとより中間での豊かな響きが必要とされます。テノールにとっての中間音は人間が普段しゃべる音域に近づいてきますが、この音域を豊かな声歌う事で、嘆きや悲しみなどより人間的な感情が表現できます。なのでヴェルディのオペラやその後のヴェリズモオペラのテノールの多くがスピントテノールのために書かれています。
- モーツァルト「イドメネオ」:イドメネオ
- ベートーベン「フィデリオ」:フロレスタン
- ヴェルディ「運命の力」:アルヴァーロ
- ヴェルディ「仮面舞踏会」:リッカルド
- ヴェルディ「ドン・カルロ」:ドン・カルロ
- ヴァーグナー「ローエングリン」:ローエングリン
- ヴァーグナー「パルリファル」:パルシファル
- ヴァーグナー「さまよえるオランダ人」:エリック
- プッチーニ「マノン・レスコー」デ・グリュー
- プッチーニ「トスカ」カヴァラドッシ
- プッチーニ「トゥーランドット」カラフ
- ウェーバー「魔弾の射手」マックス
ドラマチックテノール(ヘルデンテノール)
テノールの中でも最も少なく希少価値が高いのがドラマチックテノールです。ドイツではヘルデンテノールと言われていますが、意味するところはだいたい一緒です。
ヘルデン(Helden)というのはドイツ語で英雄という意味ですが、ヘルデンテノールの声質は、まさに英雄という言葉に似あう、力強く、ドラマチックな声質になります。ヘルデンテノールには力強さも必要ですが、それ以外にも低音域での男らしい深みのある声も必要となります。
特にワーグナーのオペラにはこのヘルデンテノールが多く登場するため、ワーグナーに特化したテノールという意味で使われる事が多いですね。
まずはこの演奏を聴いてください。これはイタリアのドラマチックテノールとして有名なマリオ・デル・モナコがワーグナーのオペラ「ローエングリン」のアリア“In fernem Land”に挑戦した録音です。彼のワーグナー好きは有名な話で、このほかにも「ワルキューレ」のジークムントのアリアなども録音していますね。
こちらは歴代最高のオテロであり、歴代最高のヘルデンテノールの一人である、チリ人のテノール、ラモン・ヴィナイの演奏になります。歌っているのはヴェルディのオペラ「オテロ」よりオテロのアリア“Dio mi potevi”です。
ラモン・ヴィナイはバリトンからテノールに転向し、後にまたバリトンに戻ったテノールですが、その声の響きはバリトンにかなり近いですね。ただしテノールなのでもちろん立派な高音も持っています。
本当にテノールなのにバリトンみたいな響きですね。
このようにドラマチックテノール(ヘルデンテノール)はテノールの中でも最も低い音域を歌わなければなりませんが、それでいてきちんと高音も歌わなければいけません。
- ヴェルディ「オテロ」:オテロ
- ヴァーグナー「トリスタンとイゾルデ」:トリスタン
- ヴァーグナー「タンホイザー」:タンホイザー
- ヴァーグナー「ジークフリート」:ジークフリート
- ヴァーグナー「ヴァルキューレ」:ジークムント
- ヴァーグナー「神々の黄昏」:ジークムント
- ヴァーグナー「マイスタージンガー」:シュトルツィング
- ベルリオーズ「トロヤ人」:エネアス
- ブリテン「ペーター・グライムス」:ペーター・グライムス
- コルンゴルト「死の都」:パウル
- R.シュトラウス「ナクソス島のアリアドネ」:バッフス
ワーグナーのヘルデンテノールの役柄を歌うのが特別に難しい理由!
ワーグナーのヘルデンテノールの役柄を歌うのは非常に困難とされていますが、その理由の一つは、ワーグナーのオペラが非常に長い事です。休憩時間を含めると上演時間に6時間もかかるオペラがいくつもありますが、主役のジークフリートなどはそのうち半分ぐらいは一人で歌っています。イタリアオペラであれば2時間半ぐらいで終わってしまいますが、6時間ともなると、持久力が求められます。しかもオーケストラも厚いため、そのオーケストラの音に負けまいと無意識に無理してしまいがちです。これらの理由から、ヘルデンテノールの役柄を歌うのは非常に困難とされています。
他にもいろいろ理由がありますが、それはまた別な機会に話すつもりです。
ヘルデンテノール特集期待していますよ!
ブッフォ・テノール、キャラクターテノール
テノールにはさらにブッフォ・テノール(ドイツ語ではシュピールテノール)やキャラクターテノールというテノールがいます。モーツァルトのオペラ「魔笛」に登場するモノスタートスや、「フィガロの結婚」に登場するバジリオやクルツィオなどがブッフォテノールの役と知られていますし、ワーグナーのオペラ「ラインの黄金」に登場するローゲや、R.シュトラウスの「サロメ」に登場するヘロデスなどがキャラクターテノールの役として知られています。
これらのテノールはオペラの中では割と特殊なキャラクターを演じることが多いので、それにふさわしいキャラクター的な声質が必要となってきます。ブッフォテノールも軽めのテノールではありますが、ブッフォテノールにはリリックテノールのような甘さは優美さはありません。キャラクターテノールはブッフォテノールと比べるとより重い声を必要とします。
ブッフォテノールやキャラクターテノールには脇役が多いため、いつも脇役を歌っていると誤解されてしまいがちですが、中にはモーツァルトのオペラ「後宮からの逃走」のペドリッロなど大きな役もあり、これらの配役を決めるのはあくまで声質になります。
オペラの配役は決して上手い人が主役で、そこまで上手くない人が脇役を歌う、というおおざっぱな決め方をしているわけではないので誤解しないように注意が必要です。あくまでブッフォテノールやキャラクターテノールの声質を持っている人がそういう役をやるのです。
こちらはオーストリア人のキャラクターテノール、ハインツ・ツェドニクの演奏になります。歌っているのはワーグナーのオペラ「ラインの黄金」に登場するローゲのモノローグになります。ローゲも主役級の大きな役ですよ。
キャラクターテノールの声の特徴を言葉で表現するのはなんとも難しいですが、リリック、スピントドラマチックには分類できない、オペラに登場する特殊なキャラクターを演じるのに適した声質とでもしておきましょう。
なるほど!これがキャラクターテノールなんですね。実際に聴けば違いははっきり分かりますね。
- ベートーベン「フィデリオ」:ヤキーノ
- モーツァルト「後宮からの逃走」:ペドリッロ
- モーツァルト「魔的」:モノスタートス
- モーツァルト「フィガロの結婚」:バジリオ/クルツィオ
- レオンカヴァッロ「道化師」:ペッペ
- R.シュトラウス「サロメ」:ヘロデス
- ヴァーグナー「ラインの黄金」:ローゲ/ミーメ
- ヴァーグナー「ジークフリート」:ミーメ
- ベルク「ヴォツェック」:ハウプトマン
おわりに
今回はテノールの声種についての話をしてみました。一言でテノールと言ってもその声質はまさに千差万別です。実際には同じリリックテノールの中でも、ロッシーニの「セビリアの理髪師」の伯爵役と、ヴェルディの「リゴレット」のマントヴァ公役では結構違いますし、これは中々奥が深い話ではあります。
奥が深い話ではありますが、だいたいこのおおまかな違いが分かるだけでも、オペラがさらに楽しめるようになります。最近はYoutubeでもいろいろな歌手が聴けますので、ぜひ聴き比べて楽しんでください!
なるほど!テノールだからって一人で何でも歌って良いわけではないんですね!