テノールとバリトンの違いは?パート分けの決め手となるのは?テノールからバリトンに転向した話を紹介!

みなさん、こんにちは。

皆さんは自分の声のパートをご存じですか?女声だったら、ソプラノですか?それともアルト?

男声だったらテノール?バリトン?それとももっと低いバスですか?

これまで学校の合唱の授業や合唱団などで歌った事があるなら人ならば、必ずどこかしらのパートに属して歌ってきたと思います。私は中学校の合唱ではテノールを担当しました。

今回はこうしたパート分けの話です。

パート分け

私達の声は大きく分けて6種類に分類されています。女声だったら、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、アルト、そして男声だったらテノール、バリトン、バスですね。

この声の種類はさらにキャラクターや音色に応じてもっと細かく分ける事ができ、それはオペラを歌う場合には非常に重要となります。それぞれのパートの声種の違いについては詳しい記事を書きましたから興味のある人はこの後でぜひともご覧ください。

さて、今回はそれぞれのパートの声種の違いの話ではなく、そもそもテノールとかバリトンとかを決める要因とは何だろうかという話です。

おそらく、真っ先に思いつくのが声の高さだと思います。高い声が出る女声ならばソプラノ、高い声がでる男声ならばテノールというよう感じです。

でもパート分けはそれほど簡単な話ではありません。実はパートを決定付ける上では、音の高さよりももっと大事な要素があるのです。

その答えは、ずばり・・

パートを決定づけるのは音色

  

音色です!!!

声や楽器の響きや音色の事をターンブル(Timbre)と言いますが、まさにそのターンブルこそがパートを分ける上で決定的な要因となるのです。

その人が高い声が出るかとか、低い声がでるか、というのももちろん関係ありますが、これはパート分けにおいては決定的な要因ではありません。

大事なのはその人の声がソプラノの音色をもっているのか、アルトの音色を持っているのかという事です。あなたの声がテノールの響きを持っているのか、それともバリトンの響きをもっているのか、と言う事です。

この点においては音の高さは全く関係ありません。私の現在のコーチである、カイ・ギュンターはドラマチック・バリトンですが、なんとハイC(高いド)よりも高い音が出るのですよ!!でも彼の声はバリトンの音色なので彼はバリトンという事になります。

音色聴き比べ

ちょっとここで例として音色の聴き比べをしてみましょう。この二つのアリアでは実はどちらも最高音がA♭(ラ♭)となっていますが、一方はテノールのアリア、そしてもう一方はバリトンのアリアになります。

最初のアリアはテノールのフリッツ・ヴンダーリヒが歌ったモーツァルトの「魔的」に登場するアリアになります。

そして次はバリトンのレナード・ウォーレンが歌ったレオンカヴァッロの「道化師」にでてくるアリアになります。

どちらのアリアも最高音は同じ高さです。この場合テノールかバリトンかを分けるのは音の高さではなくその音色です。ヴンダーリヒはテノールの音色、そしてレナード・ウォーレンはバリトンの音色をもっているために、それぞれがテノール、バリトンとして歌っているというわけですね。

レナード・ウォーレンは高音が得意な事でも有名ですが、彼にはテノールの中でも最も難しいとされているヴェルディのトロヴァトーレに登場するアリア“Di quella pira”を原調のまま、最後の音をハイCまで上げて歌ったという逸話があります。彼程のテクニックを持っていればそれも決して不思議ではありません。(ちなみの多くのテノールがこのアリアを半音下げて歌います。)

しかしウォーレンの声はやはりバリトンの音色を持っていますから、彼はバリトンとして歌っていたわけです

音色がはっきりしてくるまでには時間がかかる

このようにパート分けの決定的な要素となる音色ですが、声の本当の音色が出てくるまでには、勉強をしてからある程度の時間を必要とします。中には最初から声が高くてソプラノやテノール以外はありえないくらい音色がはっきりしている人もいますが、たいていの人はその人の声の音色がちゃんとでてくるまでにはある程度時間がかかるのです。

発声の記事でも時々触れていますが、音色が出てくるのは、歌うのに必要な筋肉がある程度育ってからになります。でもそれまでは、声がどちらの方向に育っていくのかがまだはっきりとは分かりません。ちゃんと勉強してくと、歌うために必要なスペースが徐々に広がっていきますから、声はより深く豊かな音色になっていきます。その中で高音域で徐々に金属的な響きが出てくればテノールになれる可能性が出てきますし、さらに深みと温かみが増してバリトンの声に育つ可能性もあります。

だから時間がかかるのです。

なので、パート分けというのは決して焦らない方が良いです。ここで間違った決断をしてしまうと私のように後々苦労をする羽目になります。

音域に頼ったパート分けは危険!

その人の音色が出てくるまでには、ある程度の時間がかかります。きちんとした勉強を始めて1年、人によっては何年も必要だと思ってください。

でも音色が出てくる前にパート分けを経験している人がほとんどですね。私の場合もそうでしたが、ほとんどの人は最初のレッスンを受けるよりも前に自分がソプラノなのかアルトなのか、もしくはテノールなのかバリトンなのかを分かっていると思っています。

中学校の合唱なんかですでにパート分けを経験しているからです。

でもこのパート分けの基準はなんでしょうか?おそらくこれは単なる音域の問題でしょう。他の人よりも高い声がでれば、自動的にテノールかソプラノにパート分けされます。そして高い声が出なければ、そうした理由だけでアルトやバリトンに分類されてしまうのです。

合唱の授業を最初の経験の例として挙げましたが、実際には声楽のレッスンでも音域を頼りにパート分けされることがほとんどです。

でもこれは非常に大きなリスクが付きまといます!

それはすでに言いましたが最初の時点ではその人の本当の音色というものが出ていないのですから、リスクがあって当然ですよね。音域だけで決めてしまって、本当に決定的な要因となる音色にはまるで触れられないのですから。

音域だけでパート分けした場合のリスクとは

では、リスク、リスクと言っていますが、どんなリスクがあるのか見ていきましょう。

まず音域というのはトレーニングすれば誰でもある程度伸ばすことが出来ます。始めたばかりの頃は高い音が出なくても、練習を続けることで必ずその時よりは高い声が出るようになります。

でも最初に高い声が出なかったばかりにバリトンにパート分けされてしまった、もしくは自分でバリトンだと信じこんでしまったらどうなるでしょうか?

勉強を始めたばかりの人は、自分がバリトンだと言われると、自分でバリトンの響きを真似して作ってしまう可能性がかなり高いですここで変な癖がついてしまうというリスクが出てきます。またバリトンと思い込んでいますから、高い音を出す必要もありません。なので高音を練習する必要も感じませんから、音域が伸びる可能性もなくなります。これも一つのリスクです

こうなってしまうと本当の音色が出てくる前に、癖がついてしまう事になります。癖がついてしまうと本当の音色は絶対に出せません。

テノールの場合もそうです。最初にテノールに分けられたばかりに、テノールらしい声を出そうと頑張って、頭声ばかりを使ったか細い声になってしまう可能性があります。テノールだって本来は体を使って男らしい声を出せなければなりませんが、ここで先にテノールの間違ったイメージがついてしまうと後でそれを修正するのは中々難しいです。

女声には触れませんでしたが、状況はどの声種でも同じです。

テノール→バリトンへの転向

ここで私の例に触れましょう。

私は中学校では吹奏楽部に入ってトランペットを吹いていましたが、秋になると特設合唱部のメンバーとして駆り出されました。

私はそこで他の人よりも一段と高く大きい声がでましたので、当然ながらテノールのパートを担当しました。まあありがちな話ではありますが、周りからも褒められましたので自分はテノールだと完全に信じる事になりました。

自分がテノールなのかバリトンなのか、というのはアイデンティティに関わりますから一度信じてしまうと、後からそれを変えるのは難しいです。

最初に自分がテノールだと信じた私は、高校生の時に声楽のレッスンを受けましたが、それから大学卒業、そしてその後教員生活をしている間も、ずっとテノールだと信じていました。やっぱりテノールはかっこいいですからね。でも高い声はソの音までは最初から出ましたが、それから10年近く勉強してきてもラより上の音が出る事は決してありませんでした・・・・。

これは最初にテノールだと信じるあまりに、自分で細い声を作ろうとして喉を高く上げて歌っていたからです喉を上げて、スペースを狭くする事でテノールらしい声を無意識に作っていたわけです。でもこれは私が今やっている発声とはまるで正反対です。これでは声が成長しないのも当然ですから、10年かけてラの音までしか出なかったのはしょうがないですね。

私はそれでもドイツ歌曲や宗教曲が大好きだったので、なんとかその声で歌える道を探そうとしてそのままドイツまでやって来ました。オペラを歌うような高い声は出ませんが大好きな歌曲やバッハの宗教曲だったら何とかなると思ったのです。

しかし現実はそう甘くはありませんでした。私の当時の声は、ヨーロッパの音大生の持つ声とは比べものにならないぐらいか細いものだったのです。

結局最初に受験した音楽大学では合格する事が出来なかったのです。でも幸か不幸か、その不合格を知った日のレッスンで、喉を下ろして歌うという方法をやってみました。私は自分の喉が高い事には薄々気付いていましたが、テノールだと信じ込んでいたのでそれを変えて歌う事が出来ずにいたのです。

でも音大に落ちたその日のレッスンで、喉を下げて見ろと当時師事していたブルース・アーベル先生に言われて、やけくそで喉を力で押し下げて歌ってみました。自分では変な声だと思いましたが、アーベル先生はその声の変化に非常に喜んでくれました。私はその場で先生と相談し、とりあえず音大受験はいったんやめて、この勉強に集中する事にしたのです。

喉を下げる事で結果的に歌う上で必要なスペースが増え声は前よりも太くなり、さらに大きくなっていきました。

先生同士で異なる意見。

ドイツに来てから一年が経ぎ、すでにシュトゥットガルト音楽大学を退官していたアーベル先生が、現役の教授にもレッスンを受けたほうが良いだろう、と言う事で同僚のドゥーニャ・ヴェーゾヴィッチというメゾソプラノ歌手を紹介してくれました。

しかしここで私を混乱させる事が起こります。喉を下げる事で声が少し太く大きくなってきていたものの、アーベル先生の意見では私はドラマチックテノールという見立てです。しかしヴェーゾヴィッチ先生は、私はバリトンだろうとバリトンの曲をやらせようとしたのです。

そしてある時、この二人は私の前でそれぞれ私はテノールだとかバリトンだとか自分の主張を議論する事となったのです。これには本当に参りました・・・・。

一人の先生は私をテノールと言い、もう一人の先生は私をバリトンだと言う・・・。しかも私の目の前で。自分はどちらを信じるべきなのかまだ若かった私には分かりませんでした。

しかしその時は基本的にはヴェーゾヴィッチ先生のレッスンしか受けていませんでしたから、バリトンの曲をやっていく事になりました。

バリトンになってからは高音が出てきませんから、私がこれまで抱えていた高音に対する問題(主に精神的な問題)はほとんどなくなりました。これによって短期間で比較的上達する事ができました。

さらに運が良い事にドイツに来てから2年ぐらいたった頃、シュトゥットガルト音楽大学のオペラ科のオペラ公演でバリトンのソロの役をもらい、歌手としてもバリトンとして歩み始めるきっかけが出来たのです。

それでも私には自分が本当はテノールなのか、バリトンなのかは自信が持てませんでした。そんな時にさらにタイミング良く新しい先生に出会う事になります。

テノールとバリトンのどちらも歌える歌手が存在する!

ドイツに来てから2年半が経った頃、私はブレーメンの芸術大学の声楽科に合格する事ができました。そこで師事したのがバリトンからヘルデンテノールに転向した経験を持つトーマス・モア先生です。

モア先生は20年バリトンとして劇場で歌った後、40を過ぎてからヘルデンテノールに転向しました。彼は私の声を聴いて、「世の中には数は少ないけれど、バリトンもテノールもどちらも歌える可能性を持った歌手がいる。私もそうだし、おそらく君もそうだろう。」、そして「でもまずはバリトンから始めるのが無理がなくて良いだろう。声が成長すれば後になってからテノールに転向するのもありだ。」と言ってくれたのです。

この言葉のおかげで私は大学時代、自分がバリトンなのかテノールなのかこだわらずに勉強に集中する事が出来ました。

卒業後、バリトンとしてドイツの舞台で約10年歌いましたが、音大生だった頃も含めて私の声にはバリトン的な響きはあまりありませんでした。しかしモア先生の言葉もありましたから、それ程気せずにいられました。でも時間と共に私の声もさらに変化していったようです。新しいコーチと出会い新たなテクニックを導入した事が大きな原因でもありますが、コーチに出会ってから比較的短時間でこれまでの人生ではまったく歌う事の出来なかった高音が歌えるようになってきたのです。

セビリアの理髪師より

しかもその高音にはテノールの響きがあります。というわけで、今私は少し舞台から離れてテノールになるために新たなチャレンジをしている所です。

おわりに

最後の私の経験談がいささか長くなってしまいましたが、パート分けというのはその人の一生を左右する程重要なものです。

パートを分けるのはあくまでもその声の音色です。そしてその声の音色が出てくるまでには時間がかかります。

仮にそのパート分けが間違ってしまうと、後になってそれを変えるのは本当に難しいです。最初にパートが決まった段階で、自分はソプラノなんだ、とかテノールなんだとか信じこんでしまい、それがその人のアイデンティティになってしまうからです。

なので、パートは時間をかけて慎重に見極めましょう!またこれを読んだあたながまだ若い学生だったとしたら、これから変わることも十分にありますから自分の本当の声の可能性を探してください!


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