オペラ歌手が風邪をひくのは自己管理不足?公演の日に風邪をひいたらどうする?

みなさん、こんにちは。

時間が経つのは早いもので、私がドイツに来てから約15年になりましたが、これだけ長く海外で生活しているといろいろと考え方も変わります。

特にドイツに住んでいると、休暇など労働環境に対する考え方というのは大きく変わりますね。

今回はそれとも関係していますが、オペラ歌手と風邪の話をしようと思います。

風邪をひくのは自己管理不足?

風邪をひくのは自己管理不足なのか?

オペラ歌手が風邪をひいて公演をキャンセルするというのは頻繁にある事なのですが、お目当ての歌手が風邪でキャンセルしたら残念ですよね。私もシュトゥットガルトにいたころ、ディアナ・ダムラウが歌う夜の女王(魔笛)を聴くためにわざわざミュンヘンまで行った事がありますが、なんと風邪でキャンセルしてしまいがっかりした記憶があります。

みなさんはこのような場面に遭遇した時にどう思いますか?「まあ風邪ならしょうがないよね。」と思いますか?それとも「プロが風邪ひくなんて自己管理が出来ていない証拠だ!」と思いますか?

正直に言って、私が日本にいたころは、「プロが風邪をひくなんて自己管理不足だ」、という考えは少なからずあったと思います。まあ他人の事はそこまで気にはしませんが、少なくともプロであるからには、風邪をひかないようにしっかり自己管理をするのも仕事のうちだとは思っていましたね。

現在の日本がどんな感じなのかはちょっと良く分かりませんが、15年ぐらい前の日本は、会社勤めの社会人でさえ「風邪をひいて会社を休むなんて社会人失格!」「自己管理がなっていない!」みたいな風潮は少なからずありました。

まして音楽家やスポーツ選手など、人前で何らかのパフォーマンスをする人が風邪をひいてキャンセルしようものなら、「プロ失格」として批判されたとしても決して不思議ではなかったように思います。

でもそういう風潮ってどうなんでしょうかね?この件に関する私の考えはドイツに住んでいる間に大きく変わる事になりました。

まあどういう風に変わったかというと、「人間風邪をひくのはいたって普通」「風邪をひくのは仕方がない」と思うようになりました。ドイツの統計だと、だいたい成人では一年間に2から4回風邪をひくのが普通だとされています。データのとり方にもよりますが日本もそれほど変わらないのではないかと思います。

オペラ歌手は大したことがない風邪でも働けない

一言で風邪といっても、その症状は様々ですよね。私も喉が痛くなったり、鼻かぜを引くことは年に2回ぐらいはあると思いますが、熱が出るような風邪をひくのは5年に1回ぐらいです。

皆さんは風邪の症状が出ている時は仕事を休みますか?それとも出勤しますか?おそらく熱がなければたいていの日本人はマスクをしながら仕事をするのではないかと思います。なので、風邪で休まなければならないような場面にはそこまで遭遇しないかもしれません。

しかしオペラ歌手の場合はそこが違います。熱は全くなかったとしても、喉や鼻に炎症があれば声に影響を及ぼしてしまいます。なのでそういう場合はキャンセルしなければいけなくなります。

夜中に目が覚めて喉がイガイガしようものならもう大変です。落ち着いてゆっくり寝てもいられません。とりあえず炎症しないようショウガはちみつを飲んだり、マヌカ蜂蜜を食べたり、喉ヌールスプレーをしたり、時には薬を飲んだりと色々対処します。

そのようにしてなんとか食い止められる時もありますが、まあ喉が炎症してしまうという事はやっぱりあります。

朝早くに耳鼻咽喉科に行ってコルチゾン系の薬を貰って本番を歌う歌手もいますが、まあ一度炎症してしまったら、それが収まるにはやはり5日~1週間ぐらいはかかります。その間は歌わない方が良いのでキャンセルする事になります。

オペラ歌手は風邪がうつりやすい環境で働いている

さて、オペラ歌手は職業柄、ちょっとした風邪でもキャンセルしなければならないという事に触れましたが、実はオペラ歌手というのは風邪がうつりやすい環境で働いています。

現在は、コロナウイルスの流行により濃厚接触という言葉が聞かれるようになりました。この場合の濃厚接触とは意味合いが違いますが、オペラ歌手の場合はとにかく接触が濃厚です。相手の手を握ったり、抱きしめたりすることはもちろん、歌う時は相手の顔に唾が届く距離である事が実に多いのです。

なので誰かが風邪を引いたまま練習に来たり、もしくは風邪を引いたまま本番で歌ったりすると、周りの歌手は防ぎようがないので、すぐに風邪がうつってしまうのです。

たいていの歌手たちは普段の生活ではなるべく風邪をひかないように気をつけていますが、肝心の仕事場では防ぎようがないというのが現実ですね・・。

なので歌手は風邪がうつりやすい環境で働いていると言えますね。

有名な歌手程キャンセルが多くなる

そのように風邪がうつりやすい環境で働いているオペラ歌手ですが、実は有名な歌手になればなるほどキャンセルの回数が多くなります

演奏を聴きにきてくれたお客さんの事を考えればキャンセルする事は誰でも避けたいことです。なので公演前に「今日は体調が悪いですが、頑張って歌います」とアナウンスして歌う歌手も少なくありません。たいていの場合はお客さんもそのような状況に理解を示してくれますし、無事に終われば温かい拍手をしてくれることが多いです。

しかし超有名歌手の場合はそうではありません。たいていの観客はオペラを見るのが目的ではなくて、その歌手だけを聴くのが目的で来ているからです。期待がものすごく高いわけです。なので風邪を引いた状態で歌うと結果的にがっかりさせる事になります。

キャンセルしてもがっかりさせる事になりますし、無理して歌っても結局の所がっかりさせる事になってしまうわけですが、やっぱり有名になればなるほど人前で変なパフォーマンスはできなくなります。なのでキャンセルという選択はある意味仕方がないのです・・・。

ちなみにイタリア人テノールのパヴァロッティはシカゴオペラで8年間で予定されていた41回の公演中26回をキャンセルして、そのオペラハウスを生涯出入り禁止となったのは有名な話ですね。

風邪をひいてしまったらどうするか?

では公演がある日に風邪をひいてしまったらどう対処するのが良いのかを見ていきましょう。

耳鼻咽喉科に行って声帯を見てもらう

まず公演がある日、もしくは数日前に風邪をひいてしまったら、公演をキャンセルするかどうかを午前中に決めなければなりません。キャンセルした場合は劇場が代わりの歌手を見つけなければならないからです。

なので、まずは耳鼻咽喉科に直行します。そこで声帯に炎症がないかを見てもらいます。風邪の初期症状では、まだ扁桃腺や喉ちんこのあたりが炎症しているだけで、声帯自体は炎症していないという事もあります。

いつキャンセルするかというのは、その夜歌う演目にもよりますし、完全に歌手個人の判断になります。私の場合は声帯に炎症があったら、諦めてキャンセルします。ウイルスや細菌の種類によってはいきなり声帯に炎症を引き起こすものもありますが、そのようなウイルスや細菌に感染していたら、無理は禁物です。安静にして早い回復を待ちます。

声帯が炎症していない場合は、演目によっては歌える可能性もありますので、まずは耳鼻咽喉科に行って声帯を見てもらう必要があるわけです。(もちろんキャンセルする場合には診断書のようなものが必要になるのでいずれにせよ病院に行く必要はあります。)

歌うと決めたら歌いきるしかないが、無理は禁物

体調が悪くても歌うと決めたら、歌いきらなくてはなりません。この時点ではもう後戻りはできないので、歌うかキャンセルするかの判断を見誤ると悲惨な結果となってしまいます。

この辺の判断は、いろいろと経験していく上で見極めていくしかないですね。風邪にもいろいろありますが、このぐらいの症状だったら、このぐらいまでははいける、というのがだんだん経験的に分ってきます。

私は時々片方の扁桃腺だけが扁桃炎になるんですが、声帯には全く影響がない事も多く、そいういう時は歌ってしまう事も多いです。

声帯の炎症はそれほどではなくても、一般的な風邪の場合は、喉全体が赤くなっている事が多く、そいういう場合は周りの筋肉を思うように動かせないので、判断が難しいですね。

無理して歌うか、それともキャンセルするかの判断にはもちろんその後のスケジュールも関係します。その日の本番を終えればスケジュールが空く場合は、ちょっと無理する事もできるでしょうが、その後も本番が続いているような状況なら早めにキャンセルしてしっかり治してしまった方が良い場合もあります。

やっぱり風邪ひいて本番に臨むとその後回復が遅くなりますので、過度な無理は禁物です。

喉の炎症を抑えるためにできる事

風邪をひいてしまった時に薬に頼りすぎるのは良くありませんが、適切な使い方をすれば薬は有効ですので、私の例を紹介しましょう。

イブプロフェン

私は、喉がすこしでも痛くなったらまずはイブプロフェン400㎎を服用することが多いです。イブプロフェンには痛み止め以外にも炎症を抑える効果があるので、特に扁桃炎などには効果を発揮します。同じ痛み止めにアスピリンもありますが、アスピリンは血をさらさらにする効果があり、声帯を充血しやすくさせてしまう効果があるため、歌手の間では飲まない方が良い薬とされています。

アスピリン以外にも血をさらさらにする効果がある薬は、出血しやすくなるという副作用がありますから、歌手は注意が必要です!!

コルチゾン

ステロイド系の飲み薬ですね。注射の場合もありますが、この薬には炎症を素早く抑える効果があります。大事な本番があるけど、どうしてもキャンセルできないというような場合に、注射してもらうと夜には炎症が嘘のように引いて歌えるようになるので、魔法の薬とも言われています。

しかしこの薬の服用には賛否両論あります。私は一度もコルチゾン系の薬を歌う前に飲んだ事はありません(ごく少量のコルチゾンを吸入液にまぜて吸入した事はあります)。そこでまして歌うなら、長い目で見れば休んだ方が良いという考えです。いずれにせよ服用するかどうかは信頼できる耳鼻咽喉科の先生との話合いで決めるのが良いでしょう。

吸入

私が最もよくやるのが、ネブライザーでの吸入です。生理食塩水に液体のパンテノール(0.5%)を1対1で混ぜて吸入します。よくお肌のお手入れなどで使うパンテノールには粘膜や皮膚を再生させる効果がありますが、副作用はないのでこの方法が一番おすすめです。

痰が絡んでいる時には、0.9%よりも濃い濃度の食塩水(3%)を吸入すると痰が切れやすくなります。

また炎症を素早く抑えたいときには、コルチゾン系のプレドニソロン(液状)を生理食塩水に混ぜで吸入した事もありますが、これをやると炎症は取れても、風邪の回復そのものは遅くなるような気がして、今はやっていません。

その他の民間療法

薬以外で私が良くやるのが、プロポリスを摂取する事、それから最近ではマヌカ蜂蜜(一番高いやつ)も良く食べています。また自家製生姜レモン蜂蜜ドリンク(お湯にすりおろした生姜とレモン汁、蜂蜜を混ぜるだけ)も良く飲みますね。これらはだいたい、ちょっと喉がいがいがしてきたな・・という場面で摂取することが多いです。効果がどのぐらいあるのかは分かりませんが、まあ気休めみたいな面もありますね。

水分を沢山摂取して声を出さないで黙っているのが一番

喉が炎症してしまったら、後は声を出さずに水分を沢山摂取して黙っているのが一番です。実は声を出さずに黙っているというのは結構ストレスが溜まりますが、これは徹底するしかないです。

おわりに

日本からドイツにやってきた私にとっては、自分が風邪を引いたときにキャンセルする決断をするのは中々難しかったです。プロならば公演に穴をあけるべきではないと思っており、シーズン中一度も公演をキャンセルしなかった事を非常に誇らしくも思っていました。

私は劇場の専属歌手になってからは最初の4シーズンで一度も公演をキャンセルしませんでしたが、5シーズン目に風邪を引いたら2か月近く治らなくなってしまった事があります。今にして思えば少しずつ無理とストレスが溜まっていったのが原因でしょうね。

それ以降はちょっとでも風邪を引いたら無理をせずに休むようになりましたが、ドイツは幸いにして、風邪を引いたらみんなしっかり休んで直すべきという考え方が浸透していますので、誰かが病欠しても悪く思ったりする人はいません。病欠の制度もしっかりしており、安心して休むことが出来ます。まあその辺の話はまた別な機会にしましょう。

今回はオペラ歌手と風邪の話でした。それでは、また。


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