テノール!カルロ・ベルゴンツィの歌唱の魅力!【大歌手から学ぶ】

こんにちは!今回はイタリア人テノール、カルロ・ベルゴンツィの歌唱の魅力を紹介しましょう!

ベルゴンツィと言えば60年代にNHKイタリア歌劇団として来日していますから、日本でも早い段階から人気が出た歌手ではないかと思います。

良くベルゴンツィの紹介文には正統派ベルカント唱法、だとか端正な歌唱だとかいう言葉を目にしますが、今回は彼の歌唱の魅力とその秘密に迫ってみましょう!

カルロ・ベルゴンツィについて

Wikipediaより

ベルゴンツィは1924年にイタリアのパルマ近郊のポリセネという街で生まれた20世紀を代表するテノール歌手です。

ベルゴンツィは戦後を代表するイタリア人テノール歌手であるマリオ・デル・モナコ(1915年生まれ)、ジュゼッペ・ディ・ステファノ(1921年生まれ)、フランコ・コレッリ(1921年)と多少の差はあれど、まあだいたい同じ時代に活躍しました。

ベルゴンツィは実はバリトンからテノールに転向した歌手としても知られています。実際の所1948年にロッシーニの「セビリアの理髪師」のフィガロ役を歌ってバリトンデビューしていますが、本人にも思うところがあったのか、バリトンとしてのキャリアは続けず、その後2年間勉強をしてテノールに転向します。

そして、1951年にジョルダーノの「アンドレア・シェニエ」でテノールデビューに成功していますが、その後の歴史は私たちが知る通りですね。彼はメトロポリタンオペラを中心に世界中で活躍しましたが、特にヴェルディのオペラのレパートリーを得意とし、ヴェルディ・テノールとして知られる事となりました。

ではベルゴンツィの歌唱についてみていきましょう!

正統派ベルカント唱法?

いったい誰が最初に言い出したのかはわかりませんが、ベルゴンツィに関する紹介文で正統派ベルカント唱法という言葉を良く目にします。私が日本で大学生をしていたときには、ベルカント歌唱の最後の歌手がベルゴンツィだという話も聞きました。

でも正統派ベルカント唱法っていったい何の事でしょうか?そう言えばそれっぽく聞こえますが、いったい具体的には何を表しているのか良く分かりませんよね。

やはりオペラ歌手と言えども市場に売り出す必要がありますから、売り出し文句というのは必要です。おそらくレコード会社が、他の歌手(特に後の時代の歌手)との差別化をはかるために、売り文句として正統派ベルカント唱法という言葉を使いだしたか、誰かがベルゴンツィのCDの解説にそのような事を書いたのが始まりではないかと推測します。

しかし唱法というのはあくまで技術です。私は自分の良さをアピールするために技術を売りにするのは、音楽家としては必要ないと思っていますし、技術ばかりが褒められても嬉しいとは思わないと思います。

それは自分の持っている技術という道具を使いこなして音楽(その役柄)を表現するのが私たちの仕事だと思っているからです。技術はあくまで手段であって、目的ではないというのが私の考えです。もちろん良い技術なくして目的に達する事は出来ないわけですが、技術の習得がゴールになってはいけないというわけです。

なのでベルゴンツィのような偉大な歌手が、正統派ベルカント唱法という、技術の部分だけに焦点を当てるような紹介をされる事に疑問を感じてしまうわけです。

彼の魅力は技術だけではないですからね。それに決して技術を見せびらかすような歌い方をしているわけでもありません。そもそもその時代の歌手は皆優れた技術を持っていましたから、当時は誰もベルゴンツィを正統派ベルカント唱法の歌手だなんて思っていませんでした。

というわけで今回は私なりの言葉でベルゴンツィの歌唱の魅力を紹介したいと思います。とは言っても「大歌手から学ぶ」というコンセプトでもって過去の大歌手を紹介していますから、どうしても技術的な話になってはしまいますが・・。

優れたコントロール

ベルゴンツィの最大の特徴はなんといってもその声のコントロールです。彼の声のコントロールは本当に素晴らしいです。

声コントロールとは何か?

なのでまずは声のコントロールとは何を意味するのかについて説明しましょう。

音楽というのは音と音のつながりからできていますね。音一つだけでは音楽にはなりません。その最初の音から次の音に移動する事で音楽ができるわけです。

そして当然ですが最初の音から次の音に移動する時には、それをコントロールする必要が出てきます。どのようにすれば最初の音から次の音へとスムーズに移行させることができるか、というわけです。

理想的な移行の仕方というのは、この二つの音にできるだけ差がないようにする事です。いつ次の音に移ったのか、その境目がまったくないようにできるだけスムーズに移動する事を目指さなければなりません。

二の音をスムーズにつなぐことができたら、三つの音、四つの音と続けていきます。音が四つもあれば、それはもう立派なフレーズという事ができるでしょう。

これを本当にうまくやったのがカルロ・ベルゴンツィです。実際に四つもある音を切れ目なくスムーズに移行させるのは本当に難しいですよ。そこには集中力と確かな技術が要求されます。

これを可能にするには、息を一定にコントロールする技術が必要になります。例えばド~ラといった音の跳躍をイメージしてみてください。このような跳躍では、息の勢いを使って跳躍するとはるかに楽です。ド~ラに跳躍する時に体や息の勢いをエイッ(気合を入れた音)と使うというわけです。まあジャンプみたいなものですね。

でも実はこれはコントロールされた音ではありません。ジャンプしてしまったらもう脚は地上から離れていますからそれ以降はコントロール不可能です。後は無事に着地するのを祈るのみ・・。

コントロールされた動作というのは、例えば筋トレの時のダンベルをゆっくり反動も勢いも付けずに上まで一定のスピードで持ち上げていく動作の事を言います。決してエイッと勢いをつけてはいけません。

このような動作では下の音から上の音へ移動する間ずっとコントロールし続ける事が可能となります。コントロールされた動作としては太極拳の動きも良い例として挙げる事ができるかもしれませんね。

こうして歌っていたのがベルゴンツィです。彼は決して勢いに任せることなく、まさにダンベルをゆっくりと持ち上げるように体の筋肉をコントロールして歌っていました。

これが5キロのダンベルぐらいだったら簡単ですよ。でも20キロのダンベルを片手で勢いを付けずに持ち上げるのって相当しんどいです。どうしてもエイっと力任せに持ち上げてしまいたくなります。

しかしベルゴンツィはそれをやりませんでした。彼はどんなに高い音(重いダンベルみたいなもの)を歌う場合でも、そのスタイルだけは決して崩しませんでした。まあそのため最高音で音程が低いことが多々ありました・・。でも勢いに任せた歌い方をしなかったのは立派です。

では彼の歌唱を聞いてみましょう。

ベルゴンツィの歌唱例

ヴェルディの「マクベス」でマグダフが歌う美しいアリア“Ah la paterna mano”になります。約1分のレチタティーヴォの後にからアリアが始まりますが、このアリアの歌い方を良く聴いてみてください。

ヴェルディのアリアは後のプッチ―ニとかと比べるとオーケストラは非常にシンプルです。だいたいが和音を静かに奏でるだけになります。なので音楽をリードするのは歌の旋律になります

歌の旋律も後のヴェリズモオペラと比べると非常にシンプルで、ドラマチックな表現というのはそれほど多くはありません。それだけに旋律をいかになめらかで美しく歌うかが重要になります。音楽用語ではレガートという言う方をしますが、レガートで歌うのは歌にとっては最も大事な事の一つです。

さて、べルゴンツィの歌唱ですが、フレーズが本当によくコントロールされているのが分かりますね。音が非常になめらかで決してどこかの音一つだけがはみ出しているという事はありません。特に楽譜3段目の高音に上がる所を聴いてみてください。決して勢いをつけて音を押し出すような事はありません。高い音は気合を入れて一か八かみたいな歌い方をする歌手も多いですが、彼はそれをやりませんでした。

フレーズの最後のferirにはアクセントをつけて歌っていますが、これはあくまで部分的な音楽表現でしょう。

ベルゴンツィの歌い方はこのように非常によくコントロールされているのが特徴です。日本語ではありませんが、彼の歌い方にはドイツ語のdiszipliniert、もしくは英語のdisciplinedという言葉がぴったりです。この言葉の意味は良く節制された、制御された、規則にのっとった、良くコントロールされた、などという意味がありますが、それらを一言で表してくれますので便利な言葉です。

さて、別なヴェルディのアリアを聴いてみましょう。こちらは「ルイザ・ミラー」よりロドルフォのアリア“Quando le sere al placido”になります。

この映像の時のベルゴンツィは72歳ですが、フレーズのコントロールは高齢でも健在ですね。彼の歌唱スタイルは年をとってもほとんど崩れる事はありませんでした。ただ彼の場合は年をとるにつれて音程の低さが顕著になってきます。この最大の原因は筋肉の衰えですが、テクニック的な原因もあります。

次の項ではちょっとその部分にも触れてみましょう。

ベルゴンツィにも欠点はある

このような素晴らしく声をコントロールする事のできたベルゴンツィでしたが、決して完璧というわけではありませんでした。

先ほど音程が低くなると書きましたが、彼は若いころから常に高音に問題を抱えていました。同世代のフランコ・コレッリと聴き比べると良く分かりますが、彼は喉がコレッリのように完全に開いてはいません。

なのでそのせいで、どことなく苦しそうに聞こえてしまいます。

実際に彼の体の中がどうなっているのかは中を覗いてみない事には分かりませんが、私にはほんのすこしだけ喉が高いように聞こえます。これは本当に少しです。でもそのせいで喉の奥のスペースを十分に広げる事が出来ていません。

本来であればきちんとパッサッジョ域を通過すると、後は音が高くなるにつれてどんどんスペースを広げていくことができます(オープン・カヴァード)。なのでうまく行けば最高音が最も開放的で高いクオリティーの音になります。

しかしベルゴンツィの場合はそうなる事はありませんでした。そのため高い音は広がらずに音が行き場を失ったように聞こえてしまいます。それだけならほとんどの聴衆に気付かれる事はないでしょうが、彼の場合はその結果音程が下がってしまう事が多いため、ばれやすいですね。

ただし彼は音程が低くても、別な力に頼ってどうにかごまかそうという事はしませんでした。筋力がなくなると、どうしても変な勢いを付けたり、押したりと、別な力に頼ってしまいたくなるものですが、彼は自分のテクニックに常に忠実でした。これは立派です。

コントロール=洗練された音楽

ベルゴンツィのコントロールがずば抜けて素晴らしい事は書きましたが、これが意味する事は、音楽のフレーズが非常に洗練されているという事です。

ベルゴンツィはそのコントロールでもって、美しい旋律を私達に聴かせてくれます。ベルゴンツィは割とポルタメントを多く用いた歌い方をしていますが、本来音楽的には不要と思われるようなポルタメントでさえも非常にコントロールされていて美しいと感じさせますね。

彼はその歌唱でもってまさにベルゴンツィ節とも呼べる歌い方を確立しました。

この時代はデル・モナコ、コレッリ、ステファノなど、イタリアンテノールの黄金期でありましたが、この点においてはベルゴンツィの右に出る人はいないですね。同時代にアメリカで活躍したテノールのリチャード・タッカーはまた別な意味で端正な歌唱を聴かせてくれましたが、それはまた別な機会に紹介しましょう。

おわりに

今回はイタリア人テノールのカルロ・ベルゴンツィを紹介しましたが、最後におすすめの録音を紹介して終わりにしましょう。私はベルゴンツィのCDはオペラ全曲盤やアリア集などけっこう持っていますが、最も好きなのがトスティの歌曲を録音したCD(ORFEOから発売)になります。

ベルゴンツィ:トスティ歌曲集

このCDは日本にいる時に買いましたが、20曲ぐらいトスティの歌曲が録音されています。今でも大好きで時々聴いています。トスティの歌曲でもベルゴンツィ節で洗練された音楽を聞かせてくれますので、興味のある方はぜひ聴いてみてください。

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