こんにちは。「大歌手から学ぶ」シリーズになりますが、これまでずっとテノールばかりが続いていましたので、今回はアメリカ人のバリトン、レナード・ウォーレンを紹介しましょう!
もくじ
レナード・ウォーレンとは?
レナード・ウォーレンは1911年生まれのアメリカ出身のバリトンです。第2次世界大戦直後のメトロポリタン歌劇場を代表するバリトンで、同じアメリカ出身のバリトン、ロバート・メリルと共に人気を2分していました。
ウォーレンはドラマチック・バリトンに分類されるバリトンで、ヴェルディのオペラのバリトン役を多くこなしています。
「リゴレット」の題名役や「オテロ」のヤーゴ役はミラノのスカラ座でも歌い、アメリカだけでなくヨーロッパでも活躍していました。
しかし惜しい事に1960年にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場で「運命の力」に出演している際に、脳出血で倒れて48歳の若さで亡くなってしまいます。
今回はレナード・ウォーレンの歌唱の魅力に迫っていきましょう!
テノール顔負けの高音
レナード・ウォーレンはバリトンの中でも声が太くて重い声質をもったドラマチック・バリトンに分類されるバリトンです。しかしドラマチックでありながら、音色は柔らかく、どことなくふくよかな感じ。
そんなレナード・ウォーレンの魅力はなんといっても高音の安定感です。
多くのバリトンが多かれ少なかれ高音では苦労していますが、そんなのはウォーレンにとってはなんてことありません。どんな高音を歌っても常に余裕があるように感じられます。
それもそのはず、実はウォーレンにはすごい逸話が残っています。ヴェルディのオペラ「トロヴァトーレ」には”Di quella pira”というテノールにとって最も難しいとされるアリアがあります。
非常に力強い曲にも関わらず、最後にハイC(高いド)の音を伸ばさなければならないためです。そのためほとんどのテノールはオペラの中では半音調を下げて歌う事が多いです。
しかしウォーレンは、この曲を原調のまま歌って同僚を驚かせたという逸話があるのです。
残念ながらその録音はありませんが、今回はロッシーニ作曲「セビリアの理髪師」のアリア“Largo al factotum(私は街の何でも屋)“を聴いてみましょう。
このアリアは本来は声質の軽いリリックバリトンが歌う曲になります。しかしウォーレンは技術がしっかりしているので、このような軽りレパートリーに属する曲を歌う事が可能です。
曲の最初にはラ・ラ・ラ・ラーとG(ソ)の音を伸ばさなければなりませんが、軽々とやってのけるのがウォーレンの凄い所です。
声というのは重くて太い声質の人ほど高い音を出すのが大変になります。より重いバーベルを頭の上で支えるみたいなものです。声が太くて重いとそれだけ声を支える筋肉が必要になるわけです。実際の所、重い声質の役は高い音を出す頻度は少なくなっているわけですが、ウォーレンにとってはこんなのは本当に朝飯前です。
ウォーレンのやっていることは、ニコニコ顔で本当は重いバーベルを軽々と頭上に持ち上げているみたなものです。
曲の途中ではA(ラ)の音を伸ばしていますが、音色が変わらないのでその音が高い事にも気が付かないぐらいですね。バリトンでこんなに楽にAの音を伸ばす人は他にはいないですね。
まずはこれがウォーレンの魅力の一つでしょう。
上から下までカバーされた声
以前、パッサッジョに関する話で、パッサッジョはないのが理想だという話をしました。そしてそのためにはぎりぎりになるまでパッサッジョ域を通過させるのを待つのではなく、少しでも早い段階で通過させてしまう事が大事だという話をしましたね。(詳しくは以下のリンクをご覧ください!)
これを実践している歌手はそれほど多くはないのですが、ウォーレンはその一人です。彼は当時のイタリア人たちが声をカバーするタイミングよりも明らかに早い段階から声をカバーして歌っています。
そのためイタリア人のオープンな中間音の歌い方と比べると、なんとなく物足りなく感じる人もいるかもしれません。
ウォーレンは中間音は控えめで決して音を開きすぎる事がありません。しかしそうすることによって上から下まで音色のむらなく歌う事が可能となっています。声は早い段階でパッサッジョ域を通過していますから、高音になればなるほど音の広がりが増していくのです。
レオンカヴァッロのオペラ「道化師」より“プロローグ”を聴いてみましょう。
これはドラマチックバリトンのオーディション曲として良く歌われる歌です。最後にA♭の高音はその聞かせどころとなっています。
ウォーレンが声を早い段階でカバーさせている良い例がありますので紹介しましょう。
曲の後半(3分50秒ぐらいから)でle nostr`anime considerate, poi che siam uominiと歌う部分があります。フレーズのクライマックスはF(ファ)の音になりますが、注目するべき音はその前のE♭(ミ♭)の音になります(下の楽譜の赤丸部分を参照)。
たいていのバリトンはこのE♭の音をオープンな声で歌います。長い音ですからオープンに歌った方が気持ち良いです。そしてその音を歌い終わった後でその後のFの音でカバーしようとします。しかしこのような歌い方だとフレーズの頂点で音をカバーする事になるのでフレーズに広がり感が出せません。
ウォーレンの場合は違います。彼はこの段階で声をさりげなくカバーさせてしまっています。なので後はフレーズのクライマックスのFに向かって音を自然に広げていくことができるのです。
この作業はあまりにも自然ですので気が付きづらいですが、声楽的な技術というのは聴衆には見せない方が良いに決まっていますね。
ドラマチックな表現
今度はウォーレンの得意とした役の一つ、ヴェルディの「リゴレット」よりリゴレットの歌うアリア“Cortigiani vil razza dannata”を紹介しましょう。
この曲も良くドラマチックバリトンがオーディションやコンクールで歌う歌ですね。このアリアは非常にドラマチックな曲調から始まります。
こういうドラマチックな曲となると、歌手はついついその曲調につられるようにして荒々しく歌ったり、言葉に噛みつくような歌い方をしてしまう危険性があります。しかしウォーレンは声量が十分にありますから、そのような事をする必要がありません。そしてそれが正しいです。
ドラマチックさを出すのはあくまで豊かな声とその音色であって、歌い方はレガートで非常に丁寧です。フレーズの出だしで必要以上に息をぶつけたりする事がありませんね。
アリアの後半はヴェルディ特有の美しい旋律を聞くことが出来ます。曲が盛り上がるにつれて何度も跳躍が出てきますが、ウォーレンは下から上に行っても声の音色が変わりませんからぜひ聴いてください。
このように上から下まで一つの音色で歌うというのは私達歌手が目指すべき姿ですね。
おわりに
今回はレナード・ウォーレンの魅力を紹介してみました。48歳という若さで亡くなったのは本当に残念でしたね。
しかし幸いなことに録音を沢山残してくれましたので、私たちは今でも彼の演奏を聴く事が出来ます。他にもたくさん録音がありますからぜひ聴いてみてください!