こんにちは。昔の大歌手の歌唱を紹介するシリーズですが、昔の歌手が続いていましたので、割と最近まで活躍していた歌手を紹介しましょう。
今回取り上げるのは、3大テノールの一人として世界的に人気を得たルチアーノ・パヴァロッティです。
もくじ
ルチアーノ・パヴァロッティについて
ルチアーノ・パヴァロッティは1935年にイタリアのモデナで生まれたテノール歌手です。彼は父親も所属するモデナにある男声合唱団に所属していましたが、そこでプロ歌手になる事を決意します。
パヴァロッティはスカラ座でも活躍していた歌手、アリゴ・ポーラの下で声楽を学び、1961年にレッジョ・エミーリアで行われたコンクールで優勝し、プッチーニの「ラ・ボエーム」のロドルフォ役を歌ってデビューしました。
その後の活躍は皆が知るところですね。素晴らしく張りのある高音を生かして、キング・オブ・ザ・ハイCsという名で世界的有名になりましたが、1990年にローマで行われたワールドカップの決勝の前に3大テノールとしてコンサートを行ったことで、一般人の間でも有名になりました。
私が声楽の勉強を始めたのは高校一年だった1995年の事ですが、当時の先生に勧められて買った最初のCDがパヴァロッティの歌うイタリアのカンツォーネアルバムでした。
それ以来、私はパヴァロッティが大好きで、たくさんのアルバムやオペラの全曲盤を買い集めました。ちなみに高校3年の夏休みの宿題の読書感想文、丁度その時読んでいたパヴァロッティの伝記で書きました。
では、そんなパヴァロッティの歌唱の魅力について話してみましょう。
20世紀を代表するテノール
20世紀に活躍したテノールはカルーソーに始まり沢山いますが、パヴァロッティは間違いなく20世紀を代表するテノールです。
ちなみに20世紀を代表するテノールをざっと10人挙げてみると、カルーソー、ジーリ、スキーパ、ペルティレ、ビヨルリング、マルティネッリ、デル・モナコ、コレッリ、ボニソッリ、パヴァロッティあたりになるでしょうか。10人に誰を選ぶのかは、結構難しいですが、個人的にはパヴァロッティは外せません。(何人かはすでにこのコーナーで取り上げていますが、いずれ全員取り上げる予定です。)
パヴァロッティはテノールの中でもリリックテノールに分類されるテノールですが、この10人の中ではスキーパの次ぐらいに軽い声を持っていました。実際に彼の話す時の声を聞いてみればわかると思いますが、話し声からして結構高いです。なので彼の武器はなんといっても高音が沢山でてくる、ドニゼッティやベッリーニのオペラでした。それまでは上演が非常に困難とされていたドニゼッティの「連隊の娘」やベッリーニの「清教徒」などを舞台で上演しています。パヴァロッティはこうしたベルカントオペラをソプラノのジョーン・サザーランド、それからその旦那で指揮者のリチャード・ボニングと共に沢山録音していますね。
パヴァロッティの魅力の一つはそうした高音にあるわけですが、高音に魅力があるのは、彼の声がしっかり楽器として作り上げられたものだからです。現在でも高い音を歌える歌手はたくさんいますが、彼のようなクオリティーの高音を出せる歌手は残念ですが私が知る限りでは、いません。
パヴァロッティの魅力はベルカントオペラ
では実際にパヴァロッティの歌唱を見ていきましょう。
すでに書きましたが、パヴァロッティの最大の魅力はなんといってもドニゼッティやベッリーニに代表されるベルカントオペラでしょう。
ドニゼッティの「連帯の娘」のトニオのアリアにはなんとハイC(ハイ・スィー:高いドの音)が9回も出てきますが、パヴァロッティはこれを大舞台で成功させて世界的な名声を獲得しました。
これにちなんで、後に彼が契約するレコード会社のDeccaが「King of the High Cs(キング・オブ・ハイ・スィーズ)」というタイトルでレコードを発売します。
これは完全なマーケティング戦略でしたが、それが大当たりし、ハイCと言えばパヴァロッティと言うぐらいにイメージが定着しました。
ではそのきっかけとなった「連帯の娘」のアリアを聴いてみましょう。音と映像が合っていない所がありますが、1973年にメトロポリタンオペラで歌った時のライブ映像が残されています。
パヴァロッティの声は非常に軽やかで明るいですが、しっかりとした芯があります。この芯というのは非常に大事なものです。声には太鼓の皮がピント引っ張られたような張りがありますが、これはパヴァロッティの体が完全に楽器として機能して初めてできる事です。
もともと高い声を持ったテノールであればこのアリアを歌う事はさほど難しくありません(実際に最近では多くの軽めのテノールがこの曲をコンクールなどで歌っています)が、このような芯と張りをもった声を聞くことは最近ではなかなかできません。
この「連帯の娘」のアリアはハイCが9回も出てくることから最も難しいアリアのように思われていますが、実はそれよりももっと難しいアリアがありますので紹介しましょう。
ロッシーニの「ウイリアム・テル」においてアーノルドが歌うアリアです。このアリアでは最後にハイCが1回、そしてそれに続くカバレッタで7回出てきます(最後はオプション)。この曲はカバレッタの後半でハイCに向かって音が半音ずつ上がっていくフレーズが2回出てきますが、これはオクターブ跳躍が出てくるだけの「連帯の娘」よりもはるかに難易度が高いです。
この曲はレチタチーボを入れると全部で9分ぐらいありますが、その最後の1分ぐらいでこのフレーズが2回も出てくるのです。おそらくテノールのアリアの中では最も難易度の高い曲である事は間違いないでしょう。
それを軽々と歌ってしまうのがパヴァロッティの強みですね。やっぱりこの世界において、他の人にはできない事が出来るというのは非常に大事です。彼の録音を全てを紹介する事は出来ませんが、この他にもベッリーニの「清教徒」では何回もハイCよりも高いDの音歌ったり、さらにはFの音まで歌っています。
驚異的な集中力と大きな音楽
今度はパヴァロッティの歌い方のより具体的な特徴に触れてみましょう。パヴァロッティの特徴はなんといってもその集中力です。
パヴァロッティというと歌い終わった後の笑顔が非常に印象的ですが、歌っている時は歌う事にものすごく集中しています。
集中というと簡単に聞こえるかもしれませんが、集中して歌うというのは実は凄く難しいです。集中できるという事は技術的にも音楽的にも何をすべきかをしっかり分かっている事の裏返しです。パヴァロッティは何をすべきか良く分かっているので、それに集中する事が出来るのです。
ではもう少し詳しく見ていきましょう。
まず特徴的なのはその立ち方ですね。彼の立ち方の特徴は常に両足つま先立ちな所です。たぶん親指の付け根辺りで重心を取っていますが、彼はあんなに巨体なのに、踵はつねに1㎝ぐらい宙に浮いた状態で歌っています。そして体の軸は上から下まで真っ直ぐで決してブレる事がありません。
このようにして彼はしっかりと横隔膜をコントロールして歌っています。全てが体の内部で起こっているので外からはほとんど分かりませんが、彼の体の内部に向ける集中力と言うのはとにかくすごいの一言です。
私達歌手も、アリアの途中で苦しくなってくると、やたらと体を動かしたり、おもわず「えいっ」と別な力に頼って歌ってしまいがちですが、彼にはそんなそぶりはありません。ボニゾッリやコレッリ、デル・モナコなどは、高音の時に両腕を広げて、一生懸命に体を支える事を助けていますが、パヴァロッティはそうした外からの力に頼る事なく、全てを内なる力(横隔膜)で賄っているのです。
もちろん、モナコやコレッリなどが歌う曲はもっとドラマチックな曲なので、さらに多くの支えを必要としますから、本当に体全体を使って支える必要があります。なので単純な比較はできませんが、それでもパヴァロッティのやっている事は本当にすごいです。
パヴァロッティのリサイタルの映像を見てください。これはメトロポリタンオペラで行われたリサイタルの一部ですが、このコンサートは彼がどのようにして歌っているのかが良く分かります。ピアノ伴奏と言う事もあって、特に分かりやすいですね。彼の歌っている表情や立ち方をしっかり見てください。
彼がいかに集中しているか、そして決してそれがブレる事がない事が良く分るでしょう。
楽譜が読めなかった?
パヴァロッティには実は楽譜が読めないという噂が付きまとっていますね。それは彼の友人で指揮者のレオーネ・マジェーラがうっかりそう言ってしまった事が原因とされています(後で否定している)が、パヴァロッティの音楽性に対しては批判も結構あります。
特にドイツ音楽を好む人からの音楽性の批判は大きいです。
パヴァロッティの音楽のとらえ方は独特で、決して縦割りでとらえる事はありません。たぶん音を伸ばしながら1,2,3,4と拍を数えて歌ってはいないでしょう。だから時には4拍伸ばすはずの所がちょっと足りなかったりという事もあります。
そういう所がとにかくドイツ的な縦割りの音楽に慣れた聴衆には非音楽的に聴こえるようです。
しかしパヴァロッティの音楽は非常に大きいです。彼は最初に歌いだす時からフレーズがどこに向かって進んでいくかを良く分かっています。彼は歌う前からどこに向けて歌ったらよいかしっかりと分かったうえで、息をコントロールしてフレーズを歌っています。彼がものすごく集中して歌っている事にはすでに触れましたが、そうして歌い上げられたフレーズは決して切れる事がないので、聴衆はものすごく引き付けられるというわけです。
彼の歌い方には細かく描写するという事はありませんが、一筆書きで一気に書き上げるというような勢いがあります。
年をとってからは重い役にも挑戦。
細かく描写する事はないと書きましたが、彼はキャリアの後半になるにつれて徐々に重い役柄を歌うようになりました。
元々軽い声の彼は、どうにかしてドラマチック性を出そうと、変な勢いをつけて言葉に噛みつくような歌い方をするようになります。これは決して良い方法ではありません。レガート性が失われてしまうからです。
歌うという事としゃべるという事が似て非なる事はすでにこのブログの中で何度も触れていますが、パヴァロッティはドラマチック性を出すために、徐々に中間音で語り口調で歌う事が多くなってしまいました。だいたいその時期から中間音の母音が少し横広くなってしまっています。
彼が「トロヴァトーレ」のマンリーコや「道化師の」カニオ、さらには「オテロ」まで幅広いレパートリーを歌った事は評価に値しますが、それはその頃にはコレッリやデル・モナコなどが一線から退いてした事も原因として挙げられるでしょう。
コレッリやモナコなどと比べると、スピントやドラマチックな役柄においてはパヴァロッティの魅力は十分には発揮されませんでした。ベッリーニやドニゼッティではまったく欠点をみせるような事がなかったパヴァロッティですが、思い役柄では結構大変そうにして歌っているのが見え隠れします。
それでも彼が声のバランスを大きく崩すことなく歌い続ける事ができたのはやはり確かな技術があったからですね。
映画「パヴァロッティ・太陽のテノール」の感想とおすすめ映像
日本では最近パヴァロッティの映画「パヴァロッティ・太陽のテノール」が上演されていますね。数多くの著名人が絶賛中のこの映画ですが、私個人的には、特に興味深いという程のものではありませんでした。
この映画はパヴァロッティのキャリアに焦点が当てられており、ロック歌手とコンサートをして何万人の客を集めたとか、3大テノールが大成功を収めたという事ばかりが大きく取り上げられています。家族によるインタビューや、それにまつわるエピソードは興味深いですが、だいたいのことは20年前に発売された本人の伝記(高校生の時に読みました)にすでに書かれた事ばかりです。
パヴァロッティの演奏映像が沢山収められていることも売りとなっていますが、最後を除いてはほとんどが一部分のみの映像ばかり・・・。
幅広い層に見てもらう事を念頭において作った映画なのでしょうが、そのため商業的な側面が強く、パヴァロッティの音楽家としての本当の姿を描くというドキュメンタリー的な側面はかなり薄いと感じました。
もちろん私がそう思うのは、パヴァロッティの周囲の人が彼についてどう語ったかという事にはそこまで興味がないからかもしれないです。私はパヴァロッティ自身が音楽、役柄、歌う事に対してどう思っていたのか、どう向き合っていたのかに方に興味があります。ドキュメンタリーならばそれを見せてほしかった・・。
そういう意味では私にとっては映画は少しばかり残念でしたが、パヴァロッティがこれまでに残した映像の中に十分興味深いものがありますので、少しばかり紹介しておきましょう。
パヴァロッティとイタリアンテノール
パヴァロッティを知りたい人におすすめなのが、「Pavarotti and the italian tenor」というドキュメンタリー映画です。
このドキュメンタリーの中ではパヴァロッティが昔のテノールの録音を聞いて、それにまつわるエピソードや自身の感想を披露しています。それぞれの章の合間には、イタリア歌曲をピアノ伴奏で歌っていて、1時間程度ですが、非常によくまとまったドキュメンタリー映画となっています。
日本語対訳が付いたものは、残念ながらDVDでは発売さていないみたいですが、Youtubeに英語の物がありましたのでリンクしておきます。
メトロポリタンオペラ、リサイタル
それからライブ映像でおすすめなのが、パヴァロッティがジェイムズ・レヴァインとともにメトロポリタンオペラで行ったリサイタル映像です。
こちらのリサイタルはオペラアリアからイタリア歌曲まで約20曲が収録されていますが、本当におすすめです。やっぱりリサイタルだと演技をしていないだけに、いろいろなところが良く分かります。このリサイタルはDVDでも発売されています!
演奏もパヴァロッティの絶好調の時期なのでおすすめですよ!
おわりに
今回の大歌手シリーズではルチアーノ・パヴァロッティを取り上げてみました。できればレッスンを受けて見たかったですが、引退後に割とすぐに亡くなってしまったのは残念でした。
彼は素晴らしいオペラ全曲録音を本当に沢山残してくれていますので、ぜひとも聴いてみてください。