一万時間の法則のウソとホント!?一万時間練習すればプロのオペラ歌手や音楽家になれるのか?

みなさん、一万時間の法則という言葉はご存じでしょうか?

これはある分野で成功を収めるためには、だいたい1万時間程度の練習、学習時間が必要だとするもので、イギリス人のマルコム・グラッドウェル氏が自身の著書「Outliers」の中で提唱しました。

私もちょっと興味があったのでこの本を買ってみて、早速該当の第2章を読んでみましたが、これは中々興味深い理論ですね。ビートルズやビル・ゲイツなど成功した人々の事を調べてみると、少なくとも皆1万時間程度は下積みに費やしている、そしてそれが成功には欠かせないといった内容となっています。

これを私達音楽家にあてはめると、プロの音楽家として成功するには1万時間の練習量が必要だという事になりますね。

実際にこの本の中ではアンダース・エリクソンという心理学者がベルリンのエリート音楽大学(二つ音大がありますが、そのどちらかには触れられていない。)のヴァイオリンの学生を対象に行った研究も例として取り上げられています。

その中ではヴァイオリン学生をいわゆる上(プロとして将来有望)・中・下(音楽教師レベル)に分けて過去の練習量を調査していますが、20歳時点でのこれまでの練習時間がそれぞれ1万時間、8000時間、4000時間と明確な差があった事などが紹介されています。

実際に1万時間に達するのは決して容易ではなく、毎日3時間程度練習したとしても10年はかかる計算になりますね。

一万時間というと何かを達成するには並大抵ではない努力が必要だという事を感じさせる数字でありますが、これは本当に私達オペラ歌手、そして音楽家にあてはまるのでしょうか?一万時間練習すればだれでもプロになれるのでしょうか?

今回は一万時間の法則のウソとほんとについて語ってみたいと思います。

一万時間の法則のウソ

独学はダメ!正しい練習をしなければ何万時間練習しても無駄!

まず、音楽家になる上で最も大切なのは、正しく効果的な練習をするという事です。特に声楽においては間違った練習をすると、とにかくどんどん変な癖がついてしまうので、練習すればするほど逆効果になってしまいます

しかし人間というのは癖がついていても、不思議な事にそのようにして歌う事に慣れてしまうのです。慣れてしまうと、癖がそれほど気にならないどころか、それが自分にとって当たり前になってしまうのです。だから自分ではいつまでたっても気が付きません・・。

癖がついたまま練習を続けていても、ある程度はその癖がついたまま上達します。しかし何年か過ぎるとその上達がぴったりと止まってしまいます。そうなるといくら練習してもうまく行かないのです。自分の癖と練習内容を見直す必要があります。

一度ついてしまった癖を取り除くのは本当に大変な作業です。癖を取り除くだけでそれまでの練習時間の何倍もの時間が必要になります。

なのでとにかく、正しく練習しなければいくら練習しても意味がない。というのが私の考えです。正しくなければいくら1万時間努力を続けても無意味ですから、1万時間という数字だけを信じて努力するのは非常に危険な事だと言えるでしょう。

正しい練習を続けるためには、優れた教師にレッスンを受ける事が不可欠です。特に声楽の場合は自分の声を自分で聞くことが出来ません(自分が声と外に聞こえている声は別物)から、外に出た声を第三者に聴いてもらう必要があります。

決して独学にならないように注意しましょう


歌はそんなに沢山練習できない。

プロの音楽家といっても、練習時間を一括りにすることはできません。ピアノやヴァイオリンは長時間の練習が可能です。なので音楽家の中では一万時間の法則が最もあてはめやすいかもしれません。

音大のピアノ科に入ろうと思ったら、みんな最低でも3時間から5時間、それこそ時間があるときは一日中練習しているのではないかと思います。

でもこれが金管楽器となるとまた事情が違ってきます。唇の調子がありますから、あんまり長時間練習することが出来ません。やりすぎると次の日唇の振動が悪くなってしまいます。

声楽の場合はそれよりももっとデリケートです。やりすぎると声に悪影響が出てきます。その日の体調にも大きく影響されます。なので練習時間はもっと少ないです。

私は高校生の時の練習時間は一日30分。今の練習時間は休憩込みで90分です。声楽の練習において大事なのはいかに効率よく必要な筋肉を追い込んでいくかにあります。筋トレみたいなものです。曲も練習する必要がありますから、それなりの練習時間は必要になりますが、筋肉を追い込むだけなら、30分もあれば十分です。

筋肉を追い込んだら、それが回復するまでに適度な時間も必要になりますから、時には一日置きにしか練習しない事もあります。

声楽の場合は練習で長時間歌えるという事は、ある意味においては負荷が軽すぎるという事でもあります。まだ勉強中の段階においては、筋肉に適度な負荷をかけて追い込んでいかないと筋肉が育ちません。うまく筋肉を追い込む事ができたら15分でも非常に効果的と言えますし、それが出来なければ1時間でも効果がそれほどないとも言えます。もちろんこれは勉強中の話であって、プロになればもっと長く歌えるようになります。

これは正しい練習をするという話と重なるかもしれませんが、大事なのはいかに効率よく練習するかであって、何時間やったかという事ではないんですね。なのでそういう意味では1万時間という目安を設定する事はあまり意味がないと言えます。

そもそも一万時間の何をもって1時間とするかが曖昧

この一万時間の法則の中では、ビートルズやモーツァルト、それからコンピューター技術者のビル・ジョイなどが例として挙げられています。

みんな成功するまでには1万時間は下積み修行をしているというものです。しかしその1時間の単位がバラバラです。

例えばビートルズの例として、彼らがアメリカでデビューする1964年までには1万時間程度演奏をしていると紹介されています。中でも特にデビュー前のハンブルク時代に、毎日クラブで4,5時間演奏をしていたのが重要だったと紹介されているのです。

しかし練習と本番の時間を同じ時間でカウントしてしまって良いのかという疑問が浮かびます。確かに本番でしか学べないものはたくさんありますが、本番と練習は目的がまるで違います。それを両方とも1時間としてカウントしてしまって良いのでしょうか?

ビートルズは1962年にメジャーデビューをして、アメリカにデビューする1964年までに少なくとも3枚はベストセラーのアルバムを出しています(ちなみに私はこの最初のアルバム3枚が特に好きです)。なので一万時間を正当化させるためにわざわざアメリカデビュー以前の1962年から1964年までを全て下済み扱いとしてカウントするのは無理があるような気もします。少なくともメジャーデビューは一万時間よりももっと少ない時間でできていた事になります。

モーツァルトも成功例として取り上げられていますが、こちらは何をもって一万時間と勘定したかすら分かりません。本の中では彼が21歳の時に作曲したピアノ協奏曲KV271 No.9以前の作品は、まだモーツァルトらしいと言いきれずに、全て下積だという扱いになっています。21歳になる頃には一万時間ぐらいは下積みに費やされているだろう、という非常に曖昧な勘定です。

このようにそもそも何をもって1時間と勘定しているのかが良くわからないのですから、1万時間という単位事態も非常に曖昧なものだと言えるでしょう。

一万時間のホント

そもそも一万時間も続けられるという事は、結果が付いてきているから。

正しい練習をしなければ、何万時間練習しても意味がない、と最初に書きましたが、そもそも正しい練習をしていなければ一万時間に達する前に挫折してしまう可能性は高いですね。おそらく声楽の場合2000~3000時間で上達できない壁にぶち当たってしまうと思います。

つまり1万時間練習ができたという事は、そういう壁にぶち当たらなかった、もしくは壁をいくつも乗り越えてきたと証と言うこともできそうです。

なので一万時間も続けられるという事事態が、物事がうまく行っている事を表している可能性はあります。

プロの音楽家はかなり練習しているのは確か。

声楽家と器楽奏者では練習時間も違いますし、楽器の中でも練習時間にはばらつきがありますが、プロの音楽家がかなり練習しているのは確かです。一万時間なんて音大生にとっては決してめずらしくもないでしょう。

特にピアニストの練習量は物凄いです。プロのピアニストになろうと思ったら、それこそ膨大なレパートリーを覚えなければ仕事になりません。それらの曲を全部暗譜で弾けるようになるにはそれこそ相当な練習量が必要となります。

オペラ歌手も練習以外に、曲を覚えて暗譜する時間や外国語を勉強する時間を勘定したら相当な時間になる事は間違いないでしょう。

なのである程度のレベルに至るまでに結果として相当練習しているのは確かだと思います。私も声楽の勉強を初めてから20年以上が経ちますが、今でもだいたい毎日練習していますし、レッスンにも通って勉強を続けていますから、それらを勘定したらそれなりの時間になる事は確かだとは言えますね。

なのでそういう見方で言えば1万時間というのはあながち間違いではないと思います。

おわりに

今回は一万時間の法則に対して、私なりの考えを話してみました。結果をみればプロになった音楽家はかなりの量を練習に費やしている事は確かですが、一万時間練習したからプロになれるか、というとそう簡単な話でもありません。成功していた人はそうだったからといって、その逆が成り立つわけではないという事ですね。

声楽の場合においては、何時間練習したかというのは、それこそあんまり意味がありません。ただし歌うための筋肉が育ってくるには少なくとも3年から5年はかかるのは事実で、それと並行して外国語を勉強したり、レパートリーを勉強していく必要もあります。一日の練習量を増やせば上達が早くなるのかと言えばそうではなく、やっぱり体の筋肉の成長にはそれなりの時間がかかってしまいます。こればかりは辛抱強く待つしかありません。途中で成果が思ったように出なくてもあきらめずに続ける必要はあります。

大事なのはやっぱりその時その時の状態にあった最適な練習をするという事です。時には休養も大事です。こうした事がある程度積み重なれば1万時間に関係なくいつか成果が得られると思います。繰り返しになりますが、これは決して独学ではやらない事です。信頼できる先生やトレーナーを見つけてしっかりと練習プログラムを作って目標に向かって進んでいくという計画と努力が必要だと思います。

最後に一つ追記しておきますが、一万時間の法則は、「Outliers-The story of success」という本の中のあくまで一章にすぎず、この本の中ではこれ以外にも成功にまつわる事がいろいろと語られています。一万時間の法則というと非常にゴロが良いので、そればかりが広まってしまっていますが、本の中では一万時間といってもそのタイミングが大事だったり、一万時間を達成できる環境を得る事が大事だったりといういう面からも語られています。私も今他の章を読んでいる所ですが、興味のある方はぜひ読んでみてください!

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