こんにちは。今回は発音の話になります。これまでに日本人が最も苦手とする外国語の発音としてNとSを取り上げましたが、3回目はHを取り上げます。
Sについての話をしたときに、今でも時々間違うという事に触れましたが、このHの発音も気をつけないと、間違えやすい発音の一つとなっています。
いったいどうしてHの発音が難しいのか話していきましょう!
もくじ
日本人に難しいのはHi(ヒ)の発音
Hの発音が難しいと書きましたが、日本人にとって難しいのはHi(ヒ)の発音になりますね。子音Hはイタリア語にはまず出てきませんが、ドイツ語では割と沢山登場します。例えばHimmel(ヒンメル:天)、Hinauf(ヒナウフ:上方へ)、Wohin(ヴォヒン:どこへ)、Hier(ヒア:ここ)、Hilfe(ヒルフェ:助け)など、本当にたくさんあります。これ以外にもHeben(ヒーベン:持ち上げる)などドイツ語ではHの後に長母音のEが続く単語も同様に難しい発音になります。
今回もジュゼッペ君に登場してもらいましょう。どうしてHi(ヒ)の発音が日本人にとって難しいと思いますか?
そうですね。確かにイタリア人の多くはHの発音に問題を抱えていますね。それはイタリアにHの発音がないためです。実は日本人の多くがHiの発音に問題を抱えるのもこれと同じ理由になります。
日本語には「Hi」という発音がないんです。一見同じように聞こえますが、実はHiという音と日本語の「ヒ」の音はかなり違います。
これまでのパターンから今回も日本語にはない発音ではないかとは思っていましたよ・・。
そうです。外国語には日本語にはまったくない発音がたくさんあります。ドイツ語だと母音のÜやÖなどがその代表的な例として挙げられますね。
日本語にはない発音でも、違いが大きければ、その違いがはっきり分かっているので練習しやすく直しやすいです。でもこれまで紹介してきたようにNやS、そして今回のHiみたいなものは日本語と似ているけれど、微妙に異なっているため、それを区別するのが非常に難しいのです。
ではHiの発音がどうして日本人にとって難しいのか具体的に見ていきましょう!
日本人にとってHiの発音が難しい理由!
理由はすでに言いましたが、これは日本語の「ヒ」とは微妙に違っているためです。日本語の「ヒ」はローマ字表記する時に「Hi」と表記されますが、実際の発音は「H」ではなくてドイツ語の「CH」の発音に近いです。発音記号で表記すると[ç]となります。
ドイツ語でIch(イッヒ:私は)、Mich(ミッヒ:私を)、Dich(ディッヒ:あなたを)、Dichterliebe(ディフィターリーベ:詩人の恋)、China(ヒーナ:中国)などで度々登場するこの[CH]という子音ですが、この音は発音する時に、下の歯に空気が当たり激しい空気音がします。上あごと下あごの距離が割と近く、スペースが狭くなっている事で、空気が歯にぶつかるわけです。
一方「H」の発音ですが、これは母音を発音する前に息を出すことで発音することができますが、決して息が歯にぶつかった激しい音がしません。「CH(ç)」の時よりも上あごと下あごのスペースは少し広めです。
日本語というのはドイツ語などと比べると、非常に平坦な言語です。口の中のスペースは比較的に狭いために、「ヒ」と発音すると自然と歯に息があたって、ドイツ語の「CH」のような音になってしまいます。
我々日本人はかなり気をつけて発音しないとかなりの高確率で「Hi」が「CHi」となってしまうというわけです。
なるほど。言われてみれば、日本語の「ヒ」はドイツ語の「CH」と一緒ですね。
ただこの違いはほんとうに小さなものです。私はドイツの音楽大学にいる間もこれで注意された記憶はありません。私は2012年にドレスデン付近の歌劇場の専属歌手となりましたが、それから2年間ドイツ語の発音コーチ(ドイツのテレビやラジオの現役ニュースキャスター)からのレッスンを受ける機会に恵まれました。
オペラの公演の初日が近くなるとコーチが客席に座って、私の発音を細かくチェックするのです。練習の後で毎回注意されるわけですが、Hもその時に一緒に学んだ子音の一つです。
Hiの正しい発音の仕方は?
Hiを正しく発音する事自体はそれほど難しくありません。普段日本語で「ヒ」と発音する時よりもほんの少しだけ口を縦に開けるイメージを持つだけで十分解決すると思います。この時上あごと下あごの距離が狭くなり過ぎないように注意しましょう。そうすることで息が歯にぶつかる事で生じる「CH」の音を回避することができます。
実例:R.シュトラウス:Heimliche Aufforderung
では今度は実例を見てみましょう。
今回は私がブレーメン芸術大学の卒業試験で歌った歌を例に挙げてみようと思います。ドイツの音大の卒業試験は人前で一人で1~2時間の演奏をする必要があります。私はこの時前半に30分の歌曲プログラム(フランス歌曲3曲+ドイツ歌曲6曲)を歌い、休憩後の後半にヴォルフ・フェラーリ作曲の一幕オペラ(上演時間約1時間)「スザンナの秘密」を演じました。
その時に歌ったリヒャルト・シュトラウスの歌曲“”Heimliche Aufforderung Op27-3(密やかな誘い)“を例として取り上げてみます。
Auf, hebe die funkelnde Schaleempor zum Mund,
Und trinke beim Freudenmahledein Herz gesund.
Und wenn du sie hebst, so winkemir heimlich zu,
Dann lächle ich, und dann trinke ich still wie du …
Und still gleich mir betrachte um uns das Heer
Der trunknen Schwätzer—verachtesie nicht zu sehr.
Nein, hebe die blinkende Schale,gefüllt mit Wein,
Und laß beim lärmenden Mahle sie glücklich sein.
まず最初にhebeという言葉が出てきますね。この言葉を無理やりカタカナで表記すると「へーべ」ではなくてどちらかと言えば「ヒーベ」に近くなります。この時、我々日本人は「H」の発音が「CH」にならないように注意しなければならないというわけです。
もう10年前の演奏になりますが、当時の私の演奏を聴いてみましょう。
この時の私は、今私がこのブログの発声コーナーで説明しているような技術では歌っていませんが、今回は発音についてですから、発音に注目しましょう。
まず最初の「Hebe」をよく聞いてください。私のこの「H」の発音は正しいでしょうか?
言われなければ気づかないと思いますが、息が歯にぶつかって「CH」のように聞こえます・・・。
そう、その通りです。思いっきり息が歯にぶつかって「H」ではなくて「CH」になっています。これは間違いです。特に7行目のNeinの後に続くHebeは本当にひどいですね。私はこの時すでにドイツに来てから4年以上がたっていましたが、指摘されなかったためにこのような間違いに気づきませんでした。ちなみに前回話題にしましたSの発音も何か所か完ぺきではありませんし、Dの発音も全体的に鋭すぎますね。
そうは言っても私の当時の発音はこれでも結構明瞭で、ドイツ人歌手よりも聞き取りやすいと良く褒められたものです。ただ、このような細かい所に気をつけないと、明瞭ではあるものの、外国人らしさがいつまでも残ってしまうという事になります。
ある程度の水準に達するとみんな褒めてくれるばかりで、細かいことを注意してくれる人があまりいなくなってしまうんですよね。プロになってから再び発音専門のドイツ語のコーチのレッスンを受ける事ができたのは私にとっては幸運な事でした(コーチはかなり細かくて厳しかったなあ・・・。)。
それではここでドイツ人バリトンのフィッシャー・ディースカウの演奏を聴いてみましょう。
上のテキストに黄色でマークした部分を良く聴き比べてみてください。違いに気づきましたか?
比べると分かりやすいですね。ディースカウはHの発音で息が歯にあたって「CH」になる事はありませんね。
そうです。これが「H」と「CH」の違いになります。私たち日本人はよほど気を付けないと当時の私のように「H」が「CH」になってしまうというわけです。
おわりに
今回は日本人が最も苦手とする発音第三段として、Hを取り上げてみました。非常に細かい違いですが、このような違いを意識して一つ一つ苦手なポイントを潰していくことで、より良い発音に近づくことができます。
私たち日本人は、日本歌曲以外は常に外国人として歌う事になります。自分では発音は完璧だと思っていても、時間が経つと必ずいろいろな癖が顔を出してきます。
どんなにきれいな食器でも定期的に磨かなければ埃をかぶって汚れてしまうのと同じです。私たち外国人は発音に関しては決して自信過剰になってはならず、定期的に磨いて常にきれいな状態を保つように心がける必要があります。
イタリアにはHの発音がないので、ヒンメルと言えずにインメルと言うイタリア人が沢山いるのは分かりますが、日本人だったらヒンメルと言うのは難しくないように思いますが・・。